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"18禁ライブ"をシンガポールで開催したマドンナ Rebel Heart Tour

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シンガポールのマドンナライブは"18禁"

1993年に開催不許可のマドンナ

2016年2月28日、マドンナがシンガポールで初めてのライブを開催しました。マドンナはシンガポールに因縁があります。1993年に「ザ・ガーリー・ショー」のワールドツアーをシンガポールでもする計画がありましたが、政府当局(Media Development Authority: MDA)の許可がおりず開催できませんでした。シンガポールでは一部の公演に政府当局の許可が必要です。「ひわいに近く、道徳と宗教の見地から好ましくないことが知られている」というのが当時の警察の見解です。

"18禁"で決着

当初予定されていたチケット販売日が延期されるなど、今回も開催が危ぶまれていました。最終的には"18禁" (R18) として、18歳以上のみが観客として入場できることで決着。18禁は公演で最も厳しい制限です。政府当局は声明で、なぜ18禁か、何をすると18禁を超えて開催不許可になるかを、具体的な楽曲を上げて示唆しています。

  • 「性的に思わせぶりな中身が含まれいてるため18禁となる」
  • 「ガイドラインに違反する宗教的に敏感な内容、たとえばホーリー・ウォーターようなものは、シンガポールでは演じられない」
  • 「公演主催者は許可条件に従う義務がある。公演は民族や宗教の感情を害するものであってはならず、18禁のガイドラインにとどまらなければならない」

主催者のLive Nationも「あからさまなひわいさ」であり「宗教の内容」は規制にそぐわないことを認めています。

クレヨンしんちゃんも規制されるシンガポール

シンガポールではクレヨンしんちゃんにすら規制が入ります。しんちゃんがおしりを出しているため、PG13という「13歳以上の視聴には適しているが、13歳より下の子供には保護者の指導がアドバイスされる」レーティングを受けています。
uniunichan.hatenablog.com

民族・宗教が、シンガポールで最も厳しい言論の自由の制限対象

マドンナ公演では「性表現では18禁」「宗教を害すれば開催不許可」という、性表現より宗教に重きを置く判断を政府当局MDAはしています。
シンガポールは言論の自由への規制が厳しい国としても知られています。例えば、国境なき記者団が出している『2015年版世界報道自由ランキング』では、180ヶ国中153位となっています。その中でも、民族や宗教への言説は、言論の自由の制限対象として最も厳しく取り扱われます。民族対立を招きかねず、建国前後に国を分断する民族対立を経験しているためです。
今回のマドンナ公演に先立って、宗教サイドからの怒りの指摘が行われました。カトリック大司教が「宗教を侮辱する人を支援しない道徳的責任がある。信仰は芸術より優先」と、マドンナのライブに懸念を表明しています。政府は「(18禁ライブで)宗教に繊細な箇所は変更」ととりなしています。

他の教会も、信者でない人に制約は課さないとしながらも「それでも神への道徳問題に真理を知らせる道徳的義務が教会にはある」と声明書を出すところもあらわれました。キリスト教全国協議会は政府当局と懸念を話しており、宗教を害さないとの約束を得ています。

シンガポール人は経済的にはリベラルに振る舞い、職場やプライベートでも宗教の話は積極的にしないことが多いのですが、保守的な層は確実にいます。そのため、宗教や民族における保守層を、同性愛への刑法をいまでも撤廃しない理由として、シンガポール政府はあげています。最近ではアダム・ランバートの年越ライブに抗議署名もおきています。これらは、日本人からは見えにくいシンガポールの側面の一つです。

言論の自由への制限は酷評されることはやむを得ないと思いますが、その一方で民族対立による暴動は建国直後の1969年を最後に起きておらず、民族融和に成功している国であることもまた評価されるべきです。

トリビア

シンガポール公演での幾つか小ネタを上げておきます。

  • チケットは最安が$108 (8,000円) ~ 最も高いのが$1288 (10万円) ※1月22日時点での発売状況

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※Singapore Sports Hubのチケット販売サイトから引用

  • マドンナ公演のシンガポールでのコストはS$1400万 (11億円)
  • プライベートジェットで到着したマドンナが、シンガポールで宿泊したホテルはセントーサ島にあるカペラ

ライブ実況

「シンガポールって国が小さいし、退屈だよね」という話があって、それ自体は否定しないのですがw、飲み食いやゴルフ、週末アジア旅行という定番に加えて、コンサート巡りも結構ありです。国が小さくてチケットが取りやすいのに、結構色んなアーチストが来てくれるからです。観客には良いのですが、客入りを見てると厳しいよな、という時は少なく無いです。日本人では安室奈美恵氏もシンガポールで公演キャンセルしたこともある難しい国です。その分、チケットも安くないのですが。というわけで、私も行ってきましたマドンナ。
地元のマスコミや記者が詳細な実況中継をツイッターでしているので、訳を付けます。曲の一部が聞けるものもありますので、どうぞ。

  • マドンナの集客は2万5千人。シンガポールでのこれまでの記録では、同じナショナルスタジアムで開催したOne Directionが3万3千人、1993年のマイケル・ジャクソンが2晩で8万人。もともと、ナショナルスタジアムは5万5千人という、国の規模にしてはかなり大きな箱で、シンガポール人口の1%が収容できます。客先の3階は全部クローズ、ステージ裏も当然クローズ、ステージ正面の奥もクローズされていました。当初の売り出しチケットの9割は埋まった様子だったので、興行的には大丈夫でしょう。

  • 台北・バンコク・東京の公演で、いずれも2時間遅刻して始まったことから、55分遅れて始まったシンガポールはラッキーという。ところが、逆にシンガポールでは55分遅れで済んだことから、本来の開演時間の90分遅れで到着した42歳の女性は「マドンナはほどほどに遅れることで知られているので、遅れた私たちはショーの半分を見そこねたわ!シンガポールでは違うルールがあるとは思うけど、見逃すは思わなかったわ」とシンガポール人らしいコメントをする人も。90分遅れると終電が危ない、とのみ込みだったので私はε-(´∀`*)ホッ

  • 宗教を害するとしてHoly Waterは演奏されず。

  • 他国と比べて合計で3曲(Iconic、Holy Water、Devil Pray)が、ライブのパート1から削除。標準の楽曲リストはこちら

  • 「服を脱ごうかな、嫌がられなければいいけど」 by マドンナ

  • 「男性より女性のほうが良く働くと何年も思ってきたわ」 by マドンナ

  • ライク・ア・ヴァージン

  • 開演して1時間経過しましたが、宗教への言説はなし。

  • ライブのパート2からの削除は無し

  • ラ・イスラ・ボニータ

  • 「Fワードを言っていい?」 by マドンナ

  • 「私が誰かをビッチって言う時は、その人を好きな時なのよ」 by マドンナ

  • マテリアル・ワールド

  • クレイジー・フォー・ユー。これは他国では入っていない楽曲です。前半で3曲カットされた埋め合わせでしょう。

  • 全館禁煙のナショナルスタジアムでタバコの火をつけるかように振る舞うマドンナ

  • 2時間の公演のアンコールをホリディで終了。他国ではホリディでは各地の国旗をまとってパフォーマンスをしていますが、台湾公演での中華民国国旗に中国人から批判をあびたことや、シンガポールでは国旗の扱いに規制があることから、国旗パフォーマンスはありませんでした。

  • 公演は物議をかもすようなこともなく終了。地元紙がとりあげた観客の感想としては、マテリアル・ワールドのアレンジバージョンなどを褒める意見と、批判的なものでは「マドンナの言葉遣いが汚すぎる」「80年代の悪女だったけど、今はトーンダウンさせないと」


※本ブログの記述は、筆者の調査・経験に基づきます。記述が正確、最新であることは保証しません。記載に起因する、いかなる結果にも筆者は責任を持ちません。記載内容への判断は自己責任でお願いいたします。

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生徒が学校清掃することを日本から学ぶシンガポール

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生徒の学校清掃は当たり前ではない

2016年2月25日、シンガポールの教育省は国民の度肝をぬく政策をぶちあげました。公立の小学校・中学校・高等学校の生徒に、学校での毎日の清掃を義務付けたのです。毎日の義務活動を通じて、良い生活習慣を身につけることを、狙いにしています。期間は、2016年の終わりまで、まずはやってみるということです。
シンガポール教育省MOE: Cultivating Good Habits for Life Through Everyday Responsibilities

「え?生徒が学校の掃除するなんか当たり前」と思われた方、そうではないのです。世界には学校の清掃を、生徒がする国と、清掃員がする国とがあります。シンガポールでは清掃員がする国です。日本でも、大学以降では学生が掃除をしないのは一般的です。それが早い年齢で起きるのです。

生徒の学校清掃は日本と台湾がヒント

シンガポール教育省MOEはマスコミからの取材で「生徒の学校清掃は日本や台湾からヒントを得た」と公言しています。「私が若い時にも清掃は自分達でやっていた。以前あった良き習慣をすすめたい」とのことです。
Straits Times: Daily cleaning 'cultivates good habits for life'

生徒の掃除支持派 vs 清掃員の掃除支持派

生徒が学校清掃をすることは、常には善ではありません。生徒が清掃することを支持する人の主張と、清掃員が清掃することを支持する人の主張を記します。

生徒の清掃支持清掃員の清掃支持
実際問題、掃除をできない生徒がいる生徒は、学校に勉強に来ているのであって、掃除に来ているわけでない
しつけになるしつけは家庭の責任で、学校に持ち込まなくてよい
清掃員雇用の費用を削減できる清掃員雇用で雇用対策になる

シンガポール人の反応

私の周囲のシンガポール人や、ネット掲示板から反応を集めました。生徒本人でなく親や成人の視点です。

  • 清掃はいいことだよ。今は家庭でちゃんとしつけてないし。
  • 20年ぐらい前の俺達の時代は、学校で掃除してたよ。班に別れて当番制だった。
  • それがいつの間に、いったいなんでまた、生徒が掃除しなくなったんだ。
  • 日本でもやってるよね。俺達もできるんじゃね。
  • 子どもはただでさえ忙しいのに止めて欲しい (が、積極的に抗議できない認識はある)
  • 時代はX世代から通りすぎてストロベリー世代だよ。自宅でメイド・両親・祖父母に世話されてるから、できないんだ。
  • そこまでしてコスト削減したいのか。
  • 教室の清潔さもKPIで評価されるんだろ。
  • 徴兵(NS)での軍規を、小学生まで低学年化するんですね。※シンガポール人男子は全員徴兵。彼らにとって清掃義務と言えば、徴兵時の兵舎の清掃
  • 職業軍人出身者に教育担当をさせるとこんなことに。※現在の教育省の小中高担当トップNg Chee Meng氏はシンガポール空軍で将軍。退役し2015年総選挙後に現職。48歳
  • 教室から食堂まで行進して移動するようになるんですよね。わかります。
  • 学校制服点検も忘れちゃいけない。※シンガポールの学校は制服があります
  • 今の徴兵がこうだからなぁ(冗談含む)。軍曹「新兵、寝台と周囲を片付けて、就寝の準備をしろ」 新兵「軍曹殿。片付けのやり方が分かりません。学校で教えられていないので。ほうきとちりとりの使い方も分かりません。不必要な怪我を防ぎ、仕事を失わないようにプロの清掃員がするか、メイドを自宅から連れて来てさせるのはどうでしょうか」 軍曹「…」
マスコミの反応

政府系ということもありますが、シンガポール最大手紙の社説では全面支持で、私の抄訳を付けます。

多くの人は、生徒の学校清掃義務化に疑問を持っている。シンガポールではポイ捨ては罰金の対象だが、昨年は2万6千人の罰金者がおり、そのうち7割が国民と永住者だ(住民比率は7割が国民と永住者だが、短期滞在の旅行者も多く、外国人ばかりが汚しているわけでない、という主張)。シンガポールの清潔さは、国民の努力でなく、清掃員の努力の結果なのが問題である。リー・シェンロン首相が、昨年の音楽イベント後のあまりの汚さに苦言を呈したこともあった。親は過保護の子どもに清掃を教えるより清掃員に頼る。今までシンガポールは何度も同種の試みに失敗してきている。
Straits Times: Tidy classroom = clean Singapore

野党の反応

シンガポール野党SDPも賛成をしました。「生徒の責任感覚を養成するのに役立つため歓迎するが、生徒がすることとしないことに教育省MOEのガイドラインが必要」ということです。
Singapore Democratic Party: School cleaning – SDP supports government move

日本人学校まで取材をうける

当初から「日本を参考にした」と公言していたので、反響が大きいこともあってか、"学校清掃のアジアのトップランナー"としてシンガポールの日本人学校が取材をうけています。取材で日本人学校は「清掃で社会に敬意を払い、社会地位や貧富によらず対等になる」と意義を主張。校長は「清掃・時間厳守・年長者への挨拶といった美徳を若者に教えることは、日本教育で長年重要」と道徳や価値観を中心に理由を述べています。
Straits Times: Practice teaches young Japanese to respect environment

シンガポールでなぜ議論が沸き起こったのか

肯定派、否定派、ネタにした人と色々ありますが、議論が沸き起こりました。なぜこんなことになったのかというと、

  • 勉強など、親にとって掃除より優先順位が高いことがある
  • 家庭の道徳・価値観に、政府が踏み込んだ

の2つが理由と私は理解しています。学校が勉強を超えた指導に入る時、家庭が身構えるのはどこの国でも自然な防衛反応です。
その一方で、現在のシンガポール人の子どもたちが、親・祖父母・メイドの世話になりっきりで、家事が苦手なのは親も認めるところです。自宅でも清掃できる子どもが少なく、自分で清掃できない人は周囲を汚すというのが、政府が清掃を強制する理由の一つであることは、公言しているように間違いないでしょう。
シンガポールはポイ捨て罰金に象徴されるように、ピカピカに清潔な国という誤解を受けがちですが、そんなことはありません。罰金は本当にありますし、外国人がよくいるオーチャードや金融街や観光地は確かに清潔です。しかしその一方で、ベッドタウンに行くとポイ捨てをする人を、他のアジア諸国ほどの頻度ではないにせよ、見かけるのは確かです。
「公共の場の掃除は誰がすべきか」は議論になっても、「公共の場を汚すべきでない」「シンガポールもいつまでも清掃員やメイドに頼れるか分からない」「自分の身の回りの掃除は自分ですべきだ」ということには、シンガポールでも異論がほぼないことが見えてきました。
シンガポールの政策は朝令暮改です。成果が上がらないとなると、転身は早いです。来年以降も生徒の学校清掃が続くのか、興味深いです。


※本ブログの記述は、筆者の調査・経験に基づきます。記述が正確、最新であることは保証しません。記載に起因する、いかなる結果にも筆者は責任を持ちません。記載内容への判断は自己責任でお願いいたします。

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MM2Hで自営はできません:マレーシアのリタイアビザ

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マレーシアへの日本人移住者が増えています。2011年に1万人だったのが、2012年に2万人と一挙に2倍になりました。しかしながら、日系企業のマレーシア進出は15%程度しか増えていません。日本人向けの仕事が然程増えていないはずであるのに移住者が急増しており、放射能疎開者が多くを占めていると言われています。
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※外務省: 海外在留邦人人数調査統計 より筆者にて加工

海外生活に必要になるのが、ビザと仕事です。ビザは滞在や就労に必要ですし、仕事がなければ収入がなく、経済的に窮することになります。
駐在でも現地採用でもないマレーシア移住者が使うことが多いビザは、ガーディアンビザとリタイアビザMM2H (Malaysia My Second Home) です。
ガーディアンビザは、保護者が必要な子どもへの親の滞在ビザです。滞在ビザのため、ガーディアンビザでは就労できません。
MM2Hはリタイアビザのため、こちらも原則として就労できません。リタイアした人にマレーシア国内で消費・投資をしてもらおいうという趣旨であり、投資活動は認められています。50万リンギット(約1500万円:50歳以上では35万リンギット)の財産証明、月1万リンギット(約30万円)の収入証明と、経済要件がリタイアビザの中では比較的弱く、手が届きやすいビザです。年齢制限もないことから、リタイア目的でなく長期滞在のためのビザとして使う日本人がいます。2002年以降2016年1月までに、日本人は3919人が総計で取得しており、中国人についで2番めに取得が多い国となっています。2010年までは200人前後だった取得者が、2011年には423人と2倍、2013年には739人と更に倍近くが取得しています。
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MM2H公式サイト: MM2H Programme Statisticsより筆者にて加工
このMM2Hが許可している投資活動への範囲の理解で混乱が見られます。それを明確にするのがこの記事の目的です。

MM2Hでは労働不可

MM2Hは、ソーシャルビジットパスの一形態です。つまり、長期の滞在ビザです。
MM2Hでは労働はできません。公式サイトには以下の記載があります。

MM2Hパスはソーシャルビジットパスであり、MM2H参加者はマレーシアの長期滞在を許可されている。もし、MM2H参加者がビジネスをしたければ、MM2Hパスを打ち切る必要がある。マレーシアに投資を希望するMM2H参加者は当局にコンタクトしてよい。
The MM2H Pass is a Social Visit Pass and allows MM2H participant to long-stay in Malaysia. If MM2H participant intends to do business, he/she would need to terminate the MM2H Pass. MM2H participant who is interested to invest in Malaysia can contact the Malaysia Industrial Development Authority at:
MM2H公式サイト: MM2H Participants Are Not Allowed To Do Business

この文章を素直に読むと、"do business"が禁じられているので、就職して勤めたり役員就任や自営を含む一切のビジネス活動ができないはずです。ところが以前からネットを中心に「自営が可能」という噂が流れています。ロジックは下記です。

  1. マレーシアはMM2Hでの投資を歓迎している。企業への投資・所有は可能である。
  2. この投資には、自分が設立して所有する企業も含まれる。
  3. 法人に投資をできる、ということは、配当を受け取れる、ということである。
  4. 非常勤であれば役員 (director) になれるという噂がある。しかし、就業は許可されていないため、従業員にはなれないし、禁じられている労働への対価となるため役員報酬は受け取れない。

1.の投資ができることについては、公式サイトの就労禁止項目と同じページに、意味ありげに記載されています。しかし、2.の投資対象は非上場企業も対象か、4.の非常勤役員になれるとの噂については公式サイトに記載なく、確認とれません。

MM2H当局に自営が可能か聞いてみた

全ての要件がMM2H公式サイトで公開されていない可能性があるので、MM2H当局に問い合わせました。自営の問い合わせを受けた時に返していると思われるテンプレートと思われる文章を含めて、回答を得られました。回答原文と私の訳を付けます。

MM2H所持者はマレーシアに投資を許可されている。しかしながら、ビジネスを始めるために、MM2H参加者はビジネスを所有できるが、マレーシアでビジネスを積極的に (actively) 実施することは許されていない。MM2H参加者はローカル企業に投資ができるし、取締役会に参加することさえもできる。しかし、投資先企業の日々の業務 (day-to-day management) にかかわってはならない。MM2H参加者は、非常勤役員あるいは独立(社外)取締役になることができる。つまり、積極的にビジネスを運営することはできない、という意味だ。
もし、MM2H参加者が積極的にビジネスをしたい、常勤役員になるためには、 esd.imi.gov.myでPass Penggajianを申請する必要がある。MM2H参加者が積極的にビジネスをするには、MM2Hパスは打ち切る必要がある。
MM2H pass holder are allowed to invest in Malaysia. However, to start a business, MM2H participant may own a business but they are not allowed to conduct a business actively in Malaysia. MM2H participants are allowed to invest in a local company and may even sit on the board of directors, but must not be involved in day-to-day management of the company. They can be non-executive or independent director, which means that they do not run the business actively.
If they intend to run business actively and become an executive director, they need to apply for Pass Penggajian via esd.imi.gov.my. If MM2H participant intends to do business actively, he/she would need to terminate the MM2H Pass.

MM2Hでできる企業投資の活動範囲は?

これ以外の問い合わせで得た回答も含め、MM2Hでできる自営の範囲が見えてきました。MM2Hでできることに○、できないことに×をつけます。

非上場企業を含む投資
非上場企業を含む投資でオーナーになること
投資への配当の受領
従業員として雇用されること×
非常勤役員あるいは社外取締役への就任
常勤役員への就任×
役員報酬の受領

法人での就任可能な役職は非常勤役員か社外取締役のみにMM2H当局は限定しています。これは「日々の業務執行をしていない」ことの形式要件です。
非常勤役員・社外取締役としてできる業務は、取締役会への出席は問題なくホワイトです。その一方で、"日々の業務"が許可されていないため、顧客や取引先との面談はグレーになり、誤解を受けたくなければ避けるべき活動になります。
社外取締役には、会社とは独立した存在であるため、オーナーや主要株主やその親族がなることはできません。つまり、オーナーや主要株主がなることができるのは、非常勤役員のみです。

役員報酬受領は労働への対価となるため違法、との理解がネットでは多かったのですが、MM2H当局は問題ないと回答しています。非常勤役員・社外取締役への就任を認めている以上、対価の有無は大きな問題ではないとの解釈でしょう。

MM2Hで自営はできない、できるのは投資と投資先の監視

結局、「MM2Hで企業の所有は良いが、自営はできない。できるのは投資と、非常勤役員としての投資先の監視・助言」というのが結論です。公式サイトに記載がある"do business"はやはり禁止するが、投資活動にとどまるギリギリの範囲ということでしょう。
※非常勤でも役員を勤めることが、"do business"ではないというのは私には腑に落ちない面もありますが、これがMM2H当局の見解です。
MM2Hを取得して自営を希望する日本人は、

  • 自営やフリーランス(例:Webデザイン・ネイルサロン・ライター等)を日本でしていて、マレーシア移住後も継続して仕事を続けたい
  • チャンスがあるマレーシアで自分で新しくビジネスを起こしたい

という理由が多いと思われますが、それには使えません。自分で業務や顧客対応をすると、"積極的なビジネスの実施"や"日々の業務"に抵触するためです。MM2Hでできるのは、

  • マレーシアで投資をするが、投資先を野放しにはできないから、非常勤役員として監視・助言

をする場合です。ハンズオンをしない投資がこれに該当します。そして、この要件での投資との関わりを希望する日本人は極めて少数なはずです。大半の自営希望者は「自営には正規に就労ビザを取得しましょう」ということです。


※本ブログの記述は、記事記載時点での筆者の調査・経験に基づきます。記述が正確、最新であることは保証しません。記載に起因する、いかなる結果にも筆者は責任を持ちません。記載内容への判断は自己責任でお願いいたします。

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井上和彦氏「日本が戦ってくれて感謝しています」をシンガポールで検証する

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ファクトチェックです。
産経などで時折取り上げられている軍事ジャーナリストに井上和彦氏という方がいます。「日本が戦ってくれて感謝しています」という太平洋戦争に関する彼のネットや書籍での主張が妥当か、私が居住するシンガポールに関する記述を検証します。検証基準は下記です。

  1. 記述の事象は正確か (ファクトチェック)
  2. 記述の全体の位置づけが妥当か (例外や少数事象には注釈をつけるなど、一般的であるような誤解を避けているか)

記述の事象が正確かどうかや全体の位置づけの評価は、シンガポール教科書を含むシンガポール政府の記述を根拠とします。シンガポール政府の史実認識や解釈に異議があるかもしれませんが、今回の記事の視点は「シンガポール"が"、日本が戦ったことに感謝しているか」だからです。
井上和彦氏による、以下の3つの記事のシンガポールの記述を評価対象にします。

シンガポールにある山下奉文将軍の像の扱い

山下将軍の等身大の像が、シンガポールのセントーサ島の博物館にある。“侵略”されたはずのシンガポールにあるのです。 (産経: 井上和彦氏)

シンガポールにはマレー進攻作戦を指揮した日本陸軍の山下奉文(ともゆき)大将の銅像があることを紹介し、「日本はアジア独立のために戦ってくれた」と高く評価されていると強調した。 (産経 名古屋「正論」懇話会: 井上和彦氏)

山下奉文将軍は、英軍のパーシバル将軍にこう降伏を迫った。気迫がひしと伝わってくる言葉だ。シンガポール島の南、セントーサ島にあるろう人形館には、この名シーンを再現した見事な人形がある。 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

井上和彦氏はシンガポールに山下泰文将軍の像があることを根拠に、シンガポールで山下泰文将軍が肯定的に評価されているとする文章を書いています。これが妥当かを検証します。

旧フォード工場記念館に山下奉文将軍等身大の像があり、セントーサ島のシロソ砦の博物館には山下将軍の蝋人形が確かにあります。
旧フォード工場記念館の像は、銅像ではなく、エポキシ樹脂製です。
セントーサ島の山下将軍人形が置かれているのは、ろう人形館ではなく、シロソ砦という歴史記念館の Surrender Chamber (降伏の部屋) にあります。

旧フォード工場記念館

篠崎護 氏

旧フォード工場記念館も、シロソ砦も、シンガポール政府が運営する太平洋戦争の記念博物館です。
旧フォード工場記念館では、山下奉文将軍の像は、英国パーシバル司令官の銅像と並んで置かれています。井上和彦氏は『“侵略”されたはずのシンガポールにあるのです』と、像はシンガポールが山下奉文将軍に敬意を払うためのものであるかのように印象づける文章にしていますが、そうではありません。戦争当事者の日本軍と英国軍を並列に配置した歴史展示なのが実態です。
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※旧フォード工場記念館にて、左がパーシバル司令官、右が山下奉文将軍。写真は筆者撮影
旧フォード工場記念館では、占領時の日本軍の記録が数多く展示されています。それにはさらし首、縛られた遺体と思われる写真を含みます。山下奉文将軍が敬意を払われているのであれば、日本軍の蛮行と並列に展示されているのは不自然です。むしろ、日本統治時代の圧政についての展示がはるかに豊富です。
f:id:uniunikun:20160124142632j:plain:w200※写真は筆者撮影
f:id:uniunikun:20160430224753j:plain:w200※写真は筆者撮影

その一方で、旧フォード工場記念館には、求めてきた人全てに通行証を発行した篠崎護氏の展示もあります。篠崎護氏についてはシンガポール国立図書館でも詳しく紹介しています。
明治大学卒業。戦前のシンガポールで、日本の新聞に最新情報を提供しており、後には日本軍にシンガポールの状況を報告しています。シンガポールの公安は篠崎護氏を裁判にかけて有罪とし、チャンギ刑務所に3年半の収監となります。日本軍占領後、篠崎護氏は開放され、警備司令部の嘱託になる。警備司令部特外高の名のもとに発行した保護証を、最終的には総計3万部発行し、人の命を救っています。日本の公式見解では5千人殺害、シンガポールの見解では数万人が殺害されたとするシンガポール華僑虐殺事件でも、2千人の人を救い出しています。
日本の蛮行と善行の両方を記載しているのがシンガポールです。

f:id:uniunikun:20160124141851j:plain※写真は筆者撮影

シロソ砦

シロソ砦でも、シンガポールはフェアな文脈を作ろうととしています。井上和彦氏は『山下奉文将軍は、英軍のパーシバル将軍にこう降伏を迫った』『この名シーンを再現した見事な人形がある』と記述していますが、1942年の日本軍勝利のろう人形の後には、1945年の日本軍降伏のろう人形も展示することで、歴史記念館としてのバランスをとっています。
関係者に都合が良いことも悪いことも含めて、当時の妥当と思われる優先順位で展示しようとしているのが、シンガポールです。
f:id:uniunikun:20160409114204j:plain※シロソ砦の展示。旧フォード工場で、イギリス軍が日本軍に降伏する場面を再現。写真は筆者撮影
f:id:uniunikun:20160409114214j:plain※写真は筆者撮影
f:id:uniunikun:20160409114541j:plain※シロソ砦の展示。旧市役所で、日本軍が降伏する場面を再現。写真は筆者撮影
シロソ砦の写真はこちらでも確認可能です。

ブキバド記念碑

昭南忠霊塔

連合軍記念碑

山下将軍は日本軍戦没者慰霊碑を建てただけでなく、敵兵を弔うために全高約13メートルともいわれる巨大な十字架を建てたが、こうしたことはかつてシンガポールの中学校の歴史教科書にも載っていたのです。 (産経: 井上和彦氏)

シンガポール中西部のブキバトックの丘陵には、日本軍がシンガポール占領後に建てた「昭南忠霊塔」の石段が残されている。散華した日本軍将兵を顕彰したものだが、山下将軍はこの忠魂塔の裏側に、高さ約3メートルの大きな十字架を建て、英軍兵士の霊も弔った。
なんとこうした史実が、シンガポールの中学2年生の教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)で紹介 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

30年も前のシンガポール教科書からの引用

井上和彦氏の文章を読んで違和感を覚えるはずです。なぜ1985年という30年も前の教科書を今でも引き合いにだしているのか、ということです。この『現代シンガポールの社会経済史』という日本語訳で紹介している本は、英文での原題は"Social and economic history of modern Singapore. 2"で、「シンガポールが太平洋戦争をどう捉えているか」について日本で度々引用されている書籍です。井上和彦氏が書籍の存在に、脚光をあてた最初の日本人ではありません。
例えば『慰霊を通じ恩讐を超えていこう (下) ~敵の戦歿者を慰霊した昭和の日本人~』という名越二荒之助氏のインターネットで読める記述もありますし、下記のような本もあります。
アマゾン: 外国の教科書の中の日本と日本人―日本の高校生がシンガポールの中学教科書を翻訳して再発見した日本近現代史

シンガポールは教科書制度がある国です。
今回の書籍は教科書指定を受けており、"Social and economic history of modern Singapore. 2"は確かにシンガポールの教科書です。中学校低学年向けの教科書である記述が序文 (Preface) にあります。

f:id:uniunikun:20160508182424j:plain※写真は"Social and economic history of modern Singapore. 2"より筆者撮影

シンガポール教科書にブキバト記念碑の記述無し

井上和彦氏の文章の事実確認をします。
『シンガポールの中学2年生の教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)で紹介』とありますが、昭南忠霊塔や連合軍記念碑についての記述は、該当の教科書に見当たりません。もしあれば、章やページを教えて頂ければ、確認します。
名越二荒之助氏の記述にもある「オーストラリア軍との戦争後に、日本軍が墓地に十字架で弔った」との記述と、ブキバト記念碑を、井上和彦氏は混同をしている可能性があります。

そのため、シンガポール教科書からの検証はあきらめて、シンガポール政府文書から昭南忠霊塔や連合軍記念碑の文章を紹介します。
(注) 本記事での訳は、特記がなければ、全て筆者によります。英語原文は本記事の最後に参考資料として掲載しています。

ブキバドの丘は、昭南忠霊塔と連合軍記念碑がかつてあった場所だ。昭南忠霊塔はシンガポール攻略戦闘での日本人戦死者を弔う記念碑だ。昭南忠霊塔を建てるために、サイム通りの捕虜収容所からの500名の英国と豪州の戦争捕虜を日本人は使った。連合国軍捕虜は、自分達の戦死者も祀りたいと頼んだ。日本人は頼みを聞き入れ、昭南忠霊塔の後ろに小さめの捕虜の記念碑が建てられた。
昭南忠霊塔は、12メートルの高さの木製で、真鍮の円錐で頭部が覆われており、そこに「忠霊塔」の文字があった。忠霊塔とは「倒れた戦士の犠牲」を意味する。その裏には、ブキティマの戦いで死んだ人の遺灰を収容する小さな小屋があった。英国記念碑は3メートルの高さの十字架であり、英国軍戦死者の遺灰のいくつかが置かれた。
両方の記念碑は1942年12月8日の同じ日に公開になった。この日は、太平洋戦争開始と東南アジア「開放」の一周年記念だった。日本人の記念碑が最初に公開され、続いて日本軍への感謝のスピーチと共に英国司令官が英国記念碑を公開した。公開の日に特別式典が催され、燃え盛るたいまつで照らされた階段から日本人の遺灰が持ち込まれ、昭南忠霊塔に置かれた。
日本が降伏したことで、シンガポールにいた日本軍は昭南忠霊塔を破壊し、連合軍の十字架も撤去した。シンガポールに戻ってきた英国軍は、コンクリートの基礎を吹き飛ばした。日本兵の遺灰は、Chuan Hoe通りにあるシンガポール日本人墓地公園に移された。以前、記念碑があった場所には、現在、テレビ塔が建っている。現存するものは、記念碑があった場所へと続く階段のみである。

『山下将軍は日本軍戦没者慰霊碑を建てただけでなく、敵兵を弔うために全高約13メートルともいわれる巨大な十字架を建てた』という井上和彦氏の記述は、シンガポール政府の文章と食い違っています。
12メートルの記念碑は日本軍のための昭南忠霊塔であり、連合軍への記念碑である十字架は3メートルです。また、連合国記念碑は、連合軍捕虜が希望して連合軍捕虜が建てたものです。捕虜に建設許可を与えたとはいえ、連合軍記念碑を日本軍の功績のように評価するのは、不適切でしょう。

戦闘での日本軍と捕虜への扱い

マレー半島南部のゲマスにおける戦闘について、以下のように記している。
 「オーストラリア兵の勇気は、日本兵、特に彼らの指導者によって称賛された。敬意の証しとして、彼らはジェマールアンのはずれの丘の斜面の、オーストラリア兵200人の大規模な墓の上に、一本の巨大な木製の十字架をたてることを命じた。十字架には『私たちの勇敢な敵、オーストラリア兵士のために』という言葉が書かれていた」
 まさに武士道精神である。 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

上記の井上和彦氏の記事は、名越二荒之助氏のシンガポール教科書の訳と同一です。シンガポール教科書の該当部分を訳します。

  • 12.4 ジョホールの戦い

重要な橋を吹き飛ばした後に、オーストラリア兵はシンガポールに撤退しているところだった。オーストラリア軍がシェマルアンの街に入った時に、多くの半裸の男達があちこち動き回っているのをみて驚いた。これらの男がジョホールの東岸から上陸した日本軍兵士だと、オーストラリア軍は知らなかったのだ。
完全武装したオーストラリア軍が戦闘準備ができていることを日本軍は知っており、その半裸の"村民"が実は自分たちの敵だとオーストラリア軍はすぐに知ることになった。それは死闘だった。オーストラリア軍の200人の全員が全滅した。日本軍は千名が死亡か負傷したと言われている。オーストラリア軍の勇猛さは日本軍とりわけ現地司令官に賞賛された。敬意の証として、シェマルアンの街の措置側にある丘の側に200名のオーストラリア人の集団墓地の上に、巨大な木製の十字架を配置するように命じた。「我々の勇猛な敵、オーストラリア人へ」とという言葉が十字架に描かれた。

井上和彦氏の記事は問題ないのですが、名越二荒之助氏の『半裸の村民たちは(日本軍に味方して)、オーストラリア軍に敵対してくる事が判った』は誤訳です。半裸の村民は日本軍そのものとシンガポール教科書で記述されています。日中戦争で中国の便衣兵(民間人に偽装した軍人)が日本軍を悩ませましたが、日本軍も軍服を着用せず民間人の偽装を疑われる行為をしていたという内容がシンガポール教科書です。

ではここで、日本軍の捕虜への扱いを検討してみます。該当する記述がシンガポール教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)にあるので、訳します。

  • 13.2 イギリス人の収監

十分な数の日本人役人がやってくるまで、シンガポールの都市を運営しており日本人の役に立つイギリス人官僚は、同じ役職でいることを許された。残りのイギリス人民間人は投獄された。海峡入植地のイギリス人知事に導かれて、イギリス人男性、女性、子どもは、チャンギ刑務所まで行進しなければならなかった。イギリス人とオーストラリア人の兵士は、兵隊のための刑務所収容所に入れられ、日本人を助けるのを拒否したインド人兵士も同様だった。これら全員は3年半の間、刑務所に入れられた。多くは刑務所で死んだが、そこが混みすぎていて、不潔で、捕虜が健康であるために十分な食料と医薬品が無かったためである。多くの捕虜はタイとビルマの鉄道建設に送られた。これは「死の鉄道」として知られていた。タイとビルマのジャングルの中で病気と飢えで何千もの捕虜が死んでいったからである。


これらをあわせて読むと「日本軍は戦場で敵軍に敬意を払うこともあったが、捕虜への処遇は一般的に冷酷であった」と解釈されます。捕虜以外も含めた、シンガポールの全体的な統治政策としては、残忍なものとして記述されています。シンガポール教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)の章の題からも分かります。
13章 日本統治時代のシンガポール
13.1 イギリス降伏後のシンガポール
13.2 イギリス人の収監
13.3 中華系への処罰
13.4 5千万ドルの"贈り物"
13.5 日本人が他の民族をどのように扱ったか
13.6 憲兵隊の恐怖
13.7 食料供給の不足と闇市
13.8 人々の自由の制限
13.9 反日本グループ
13.10 日本の征服と占領からの教訓

よって、井上和彦氏が"武士道精神"と表現した箇所だけを取り上げるのは、一方的な記述にならないようにというシンガポール教科書の編集方針を歪める行為と言えます。

日本の領土的野心への有無を、シンガポールはどう解釈しているか

島の博物館には、日本が戦争に突入した経緯として「米国と英国、中国、オランダによる『ABCD包囲網』で、石油や鉄などを禁輸され、戦うか降伏するかを迫られた」と、大きな展示パネルで紹介されている。日本の領土的野心を見事に否定しているから驚きだ。 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

『島の博物館』と書いているので、シロソ砦の展示と思われますが、該当の記述は見当たりません。何を指しているかご存知でしたら、教えてください。現地確認します。なお、下記リンクでシロソ砦の展示は網羅されています。
2012年1月シンガポール⑧~セントーサ島(シロソ砦編)~
ここは歴史解釈よりロジックの問題ですが、仮に「ABCD包囲網が開戦に踏み切った理由」だったとしても、それをもって領土的野心の有無を断言できません。なぜなら、ABCD包囲網以外にも複数の要因があり、その一つが領土的野心である可能性があるからです。また「ABCD包囲網に至った原因が領土的野心」である可能性もあるからです。

それではここで、シンガポールが日本の領土的野心をどう解釈しているかを、シンガポールの教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)の記述を見てみます。
第11章が「第2次世界大戦と日本の東南アジアへの征服 (World War II and the Japanese Conquest of Southeast Asia)」というタイトルです。「征服」の原文には conquest が使われています。

  • 11.3 アジアと太平洋での戦争

ドイツ人がヨーロッパの支配者 (masters) になろうとしたのと同様に、日本人もアジアと太平洋の支配者になることを望んだ。これには、アジアと環太平洋諸島の国々を征服することによってだ。第10章で、日本の勃興と日本の中国への侵略 (invasion) を記載した。日本が中国を征服しようとした理由の一部には、日本にある工場のために中国から石炭や鉄のような原材料の獲得を望んでいたからだ。日本は中国の広大な取引をもコントロールしようとした。しかしながら、日中戦争に勝利することはとても困難であることが判明していた。日本は中国の全ては征服できなかった。中国が降伏を拒絶し、日本と戦い続けるにつれ、日中戦争はだらだらと長引いた。
日本は次に東南アジアと太平洋におけるある領域を侵攻 (invade) することを決めた。その時までに、ヨーロッパにおける戦争は暫くの間続いていた。ドイツとイタリアと友好的関係であった日本は、1940年9月にその二ヶ国との条約に調印した。このようにして、日本は枢軸国側に入り、これらの好戦的な国々の仲間になった。フランスは既にドイツに降伏してたので、日本はフランス領インドシナにあるベトナムの一部を占領 (occupy) しに動き出していた。マラヤ、ビルマ、イギリスとオランダに属するオランダ領東インドに日本軍は迫っていた。

  • 11.4 なぜ日本は東南アジアを征服 (conquer) したがったのか

米国は日本が中国での戦争を止めて、インドシナから日本は軍隊を撤退させることを望んでいた。日本は拒否した。結果として、まずはアメリカ、次いでイギリスとオランダは、石油、鉄、ゴム、スズと他の戦争関連物資を日本に売ることを拒否した。これら原料が遮断した時に、日本はそれらを得る他の方法を探さなければならなかった。石油、ゴム、スズとその他の戦争関連原料の供給が豊富な東南アジアを征服 (conquer) することを日本は決めたのだ。
ヨーロッパでの戦争によって、東南アジアにあるヨーロッパの宗主国が力を失っていることを、日本は知っていた。フランスとオランダはドイツの手中に落ちていた。その国々は、フランス領インドシナとオランダ領東インドを日本の攻撃から防衛はできなかった。イギリスはドイツとイタリアと生死をかけて戦っており、東南アジアの自国領土を守るために強固な守りをしくことはできなかった。それゆえ、これらの領土をたやすく征服 (conquer) できると信じていた。

  • 11.5 なぜ日本は米国との戦争に入ったのか

しかしながら、フィリピンは米国支配下にあった。海軍、空軍、陸軍で米国は、日本が東南アジアに入ってくるのを止めることができた。もし日本が東南アジアを征服 (conquer) するなら、日本は米国と戦争をしなければならないと、日本政府は決断した。米国はヨーロッパとの戦争に入っておらず、戦争への準備には十分ではなかった。アメリカ人はヨーロッパの戦争に加わることに反対していた。戦争に入るということは、他国の人間のために自国のアメリカ人の若者を送り出すことを意味していたからだ。日本の指導者は、これを知っていたし、アメリカ人は安楽な生活に慣れており、日本人兵のような良い兵隊にはなれないと考える者もいた。
それゆえ日本はフィリピンにある米国空軍基地を攻撃し、ハワイ諸島(太平洋真ん中にある一群の島々)のパールハーバーにある米国艦隊を破壊することを決めた。アメリカ人はパールハーバーに海軍基地を持っていた。米国軍艦が燃料と弾薬を補給され、修理されるのがここだったのだ。フィリピンと太平洋のアメリカの島々の防衛を助けるために、米国軍艦を派遣することができる基地でもあった。パールハーバーにあるアメリカ軍基地と艦隊を日本軍が破壊できれば、アメリカ人はフィリピンを防衛できないと日本は気づいたのだ。<略>

  • 要約 2. アジアでの戦争

(a) 1937年に、日本は中国に進行したが、全土を征服することはできなかった。
(b) 東南アジアからの軍需物資を手に入れるために、日本は東南アジアを征服することを望んだ。
(c) 1941年12月7日、パールハーバーに日本人は奇襲をかけた。その時、米国は同盟国側として第二次世界大戦に参加した。
(d) 日本軍は東南アジアに浸透していった。6ヶ月以内に、マラヤ、シンガポール、フィリピン、オランダ領東インドとビルマを制圧した。

最後の要約に書かれているように、太平洋戦争の目的は「東南アジアからの軍需物資の獲得」と記されています。また、シンガポール教科書には大東亜共栄圏や八紘一宇には触れていません。これらの解釈に異議があるかもしれませんが、これがシンガポール教科書の記述です。

日本統治下での軍事活動: インド国民軍、マラヤ人民抗日軍、136部隊

「Indian National Army」(インド国民軍)の記念碑には、こう刻まれている。
 「インド国民軍(INA)の『無名戦士』にささげる記念碑が1945年ここに建立された。INAは42年、英国からインドを解放するため、日本軍の支援を受けてシンガポールで創設された。この記念碑はシンガポールに帰還した英軍によって取り壊された」
日本軍とインド国民軍による“インド解放戦争”はシンガポールから始まったのだ。 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

インド国民軍記念碑は、下記で写真を確認できます。
tripadvisor: Indian National Army Monument
井上和彦氏のインド国民軍記念碑の説明は、シンガポール政府が記念碑に付けている日本語訳で、指摘通りです。
では次に、インド国民軍がシンガポールでどういう文脈で理解されているかを見てみます。シロソ砦では、日本統治下のシンガポールでの軍事活動に以下の3つが挙げられています。

  • インド国民軍 (INA)
  • マラヤ人民抗日軍 (MPAJA)
  • 136部隊
インド国民軍 (INA)

インド国民軍 (Indian National Army) は、1942年の太平洋戦争の最中に、日本の支援を受けて設置された軍隊です。シンガポールでのイギリス軍の降伏後に、負けた東南アジアのイギリス軍に所属していたインド人兵に、インド解放を目的とするインド国民軍に加わることを、日本は説得し、時には無理強いして参加させています。

f:id:uniunikun:20160409111643j:plain※写真はシロソ砦にて筆者撮影
インド国民軍はイギリスからのインド解放の先駆けとなったとして、インド国内で敬意を払われており、インドのモディ首相も2015年のシンガポール来訪時に、インド国民軍記念碑を訪れています。
シンガポールにおいては、他国の解放運動のため、インド国民軍への肯定的あるいは否定的な評価はありません。


マラヤ人民抗日軍 (MPAJA)

マラヤ人民抗日軍は、マラヤのレジスタンス兵のグループであり、日本占領下のマラヤで戦うように訓練されていました。1941年5月、敵支配地域での破壊活動を行うために、シンガポールに作戦の本部をイギリスは設立します。1943年までにマラヤ共産党が率いる抵抗運動が盛んになります。マラヤ人民抗日軍は136部隊と接触をして、同部隊諜報部員とともに任務を遂行しました。マラヤ人民抗日軍メンバーがイギリスの東南アジア司令官の部下になることを条件に、19432年12月に協定が結ばれ、軍事訓練と補給を受けています。マラヤ人民抗日軍はマラヤの主要な州を拠点にする8連隊およそ1万の兵士を有しました。

f:id:uniunikun:20160409112336j:plain※写真はシロソ砦にて筆者撮影

136部隊

136部隊は、イギリスによる、第二次世界大戦での各地での特殊工作活動の支部への総称です。敵に占領された領土でのレジスタンス活動を支援する組織です。日本占領下のマラヤへの反抗を支援するために、地元ゲリラを採用し訓練し、136部隊員は情報収集し地下スパイネットワークを作ります。
1943年に5月にインドのカルカッタから潜水艦でマラヤに隠密に上陸した136部隊は、9月にマラヤ人民抗日軍と接触します。
この136部隊からシンガポールの英雄が生まれます。林謀盛(リム・ボー・セン)です。1944年5月までに、情報収集活動のために合法ビジネスをよそおった重要な地下ネットワークを136部隊は確立します。しかし、仲間の失態で日本軍に捉えられた林謀盛は、憲兵隊に顔が変形するほど拷問を受けるものの、仲間について口を割らずに、35歳で亡くなります。

f:id:uniunikun:20160409112341j:plain※136部隊。写真はシロソ砦にて筆者撮影
f:id:uniunikun:20160409112452j:plain※林謀盛。写真はシロソ砦にて筆者撮影

太平洋戦争と日本統治に対する、中華系と、マレー系やインド系との温度差

太平洋戦争と日本統治時代には、シンガポール在住の中華系と、マレー系やインド系とで感情に温度差があります。シンガポール華僑虐殺事件の対象になった中華系は最も印象が悪く、マレー系とインド系では中華系ほどの怨念は抱いていないことが多いです。
中華系は、当時は中国からの移民一世や二世が中心で、海外に住んでいても中国に強い共感を持っていました。そこから、日中戦争では資金提供などの支援を行っていました。これが、日本軍がシンガポール華僑虐殺事件を引き起こした大きな理由になっています。他にも、5千万ドルの献金を日本軍から中華系コミュニティは命じられ、2,900万ドルしか用意できなかったため、残額は日本の銀行から借金をする苦難も受けています。 (参照:『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版) 13.3 中華系への処罰、13.4 5千万ドルの"贈り物")
その一方、中華系と比べると、マレー系とインド系へは、日本軍は多少良い待遇にしていました。日本軍は、マレー系とインド系を日本軍の敵とはみなしておらず、統治に彼らの力が必要だったからです。多数はしませんでしたが、中には日本軍に自発的に志願するマレー系もいました。インド系には日本軍が支援してイギリスからの独立を目指すインド国民軍への参加が促されました。しかし、インド系兵士の大半(主としてシーク教徒)と、イギリス軍のグルカ部隊は、イギリスへの忠誠から、インド国民軍への参加を拒否しています。拒否したものは、投獄され、拷問を受けました。 (参照:『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版) 13.5 日本人が他の民族をどのように扱ったか)

このことから、マレー系とインド系より、中華系の方が太平洋戦争と日本統治時代には、批判的です。だからといって、マレー系とインド系も、戦闘では犠牲を受け、日本統治下では圧政と経済的困窮を受けているため、怨念は中華系ほどではない、というあくまで相対的なものです。現在では、中華系も移民四世以降が中心になってきおり、「自分は中国人でなくシンガポール人だ」というアイデンティティが育っていることから、中国とは一線をおいた考え方をしています。むしろ、中国からの過剰な移民流入で、シンガポールの中国出身中国人は敬遠されることが多いです。
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シンガポールの戦跡

「欧米列強の植民地支配からアジアを開放する」という、大東亜戦争の意義を明確に説明している。
 自虐史観に洗脳された日本人が目を覚ますためにも、シンガポールを訪れていただきたい。 (夕刊フジ: 井上和彦氏)

シンガポールで戦争に関する国が管理している記念碑は、シンガポール国立公文書館がまとめています。そのうち、太平洋戦争に関するものを抜き出して、要約を付けます。

  • シンガポール国立公文書館: Roots: PLACES: War

※戦跡記念碑には英語・中国語・マレー語・タミル語・日本語で解説が付けられています。一部は写真を右記リンクで確認できます。 シンガポール 戦跡記念碑 (全20基) めぐり

  1. チャンギ刑務所の門壁と小塔 (Changi Prison Gate Wall and Turrets): 捕虜収容所。
  2. 日本占領時期死難人民記念碑 (Civilian War Memorial): 日本軍がおこしたシンガポール華僑虐殺事件の記念碑。
  3. セレター空港 (Seletar Airfield): 空軍基地。
  4. シンガポールへの退却 (Withdrawal to Singapore): シンガポールとジョホールをつなぐコーズウェイ(土手道)の戦闘。
  5. 136部隊の歴史的標識、林謀盛(リム・ボー・セン)の墓標 (Force 136 Historic Marker | Lim Bo Seng's Burial Site): 特殊工作活動を行った136部隊。
  6. フォートカニング司令部 (Fort Canning Command Centre): 司令部の一つ。イギリス軍が軍事作戦を計画するのに使った。日本軍占領後は河村参郎将軍の司令部になった。
  7. 特殊部隊員死刑現場 (Execution of Captured Rimau Commandos Historic Marker): 特殊部隊Z所属のイギリス人とオーストラリア人の23人が日本軍占領中のシンガポールを奇襲し、3隻の商船を破壊。日本軍は10人を捕え裁判で死刑、残りを逃走中に殺害した。
  8. ケッペル湾 (Keppel Harbour): 連合軍が奇襲で日本の船を沈めた。太平洋戦争で最も成功した奇襲。
  9. エスプラネード公園記念碑 (Esplanade Park Memorials): 林謀盛(リム・ボー・セン)記念碑: 林謀盛は、採用したレジスタンスグループを、136部隊に改変した。憲兵隊に捕えられて拷問を受けたが、仲間について口を割らずに、拷問がもとで亡くなった。
  10. 旧司令部公邸 (Former Command House): マラヤ司令長官公邸。日本軍との戦争時には、地下壕があるフォートカニングが使われた。占領後、日本軍兵舎になった。周辺のキャンプには捕虜が収容された。
  11. 旧フォード工場記念館 (Former Ford Factory): 当初は東南アジア初のフォード社組立自動車工場。戦時中は軍用自動車と飛行機の工場として使われており、占領後山下将軍が接収し軍司令部にした。1942年2月15日、イギリス軍パーシバル司令官は山下将軍と降伏のためフォード工場で会談。その晩にパーシバル司令官は無条件降伏文書に署名をした。占領中は、日産がトラックや軍用自動車の組み立てに使った。
  12. 昭南神社 (Syonan Jinja): シンガポール戦闘での日本軍戦死者を祀うために建てられ、日本の宗教文化儀式が行われた。日本占領が終わった時に破壊された。
  13. アダム公園での戦い (Adam Park Battle): イギリス軍が日本に降伏する最後の数日の激戦区。
  14. チャンギ壁画 (Changi Murals): チャンギ捕虜収容所にある聖ルカ教会の壁画。イギリス軍兵士が描いた希望と信仰のシンボル。
  15. ジョホール砲台 (Johore Battery): 東を守る3つの15インチ砲。日本への降伏直前に破壊された。
  16. サイムロード機関銃トーチカ (Sime Road Machine-Gun Pillbox): 司令部公邸を守るために配置されたトーチカ郡
  17. アレクサンドラ病院 (Alexandra Hospital): 軍事病院。病院敷地から日本軍に発砲した仕返しに、日本軍は病院を襲撃。日本軍は50人の職員と患者を殺害した。次の日の朝に、日本軍は更に150人を殺害。
  18. パシパンジャン機関銃トーチカ (Pasir Panjang Machine-Gun Pillbox): 日本軍第18師団との戦いに使われた第一マレー旅団のトーチカ郡。
  19. ジュロン・クランジ防衛線 (Jurong-Kranji Defence Line): 守備陣地の一つ。第22オーストラリア旅団が指示への誤解から、この防衛線から早期に市街に撤退したことで、防衛線が奪われた。
  20. 憲兵隊東部支部 (Kempeitai East District Branch): 憲兵隊のシンガポール本部はYMCAビルにおかれた。シンガポールとマラヤ活動に、200人の正規将校と、陸軍から採用された千人の補助員がいた。日本統治時代に、憲兵隊は多くの残虐行為を行い、数は不明の多くの人が憲兵隊の手で死亡し傷めつけられた。YMCAビルは残虐行為の中心で、一般住民は恐怖とみなしていた。被抑留者の中にエリザベスチョイとその夫のチョイクンヘンがいた。連合軍被抑留者にメッセージを渡していたことが罪に問われていた。電気ショック、殴打、飢えで拷問された。戦後の戦犯裁判で、憲兵隊の多くは自分達の行為を弁護し、自分達の命の危険から上官の指示でやむを得ずやったのであり、犠牲者に私怨や政治意図はなかったと発言した。
  21. 日本軍宣伝工作本部 (Japanese Propaganda Department): ドビー・ゴートに現存するキャセイビル。ビル正面の壁面は当時のもの。1939年に完成した時には、東南アジアで最も高い摩天楼で、中の映画館には当時珍しい空調がついていた。イギリスマラヤ放送社だったが、日本軍占領後に日本の宣伝工作本部になった。映画監督の小津安二郎氏が戦時中に居住した。
  22. ポンゴル海岸虐殺 (Punggol Beach Massacre): 1942年2月28日、シンガポール華僑虐殺事件の犠牲者である400人の中華系民間人が、この海辺で殺害された。ポンゴル海岸は華僑虐殺事件が行われた主要3箇所のうちの1つ。殺害された犠牲者は、海に放棄されるか、岸辺に打ち捨てられた。生存者は通りすがりや漁民に発見された。1977年に砂に穴を掘った際に見つかった頭蓋骨で、脚光をあびた。
  23. セントーサ海岸虐殺地 (Sentosa Beach Massacre Site): シロソ砲台で日本人の埋葬を待っていた降伏したイギリス砲手は、遺体がケッペル湾を漂い、多くがセントーサ島に打ち上げられるのを見た。弾丸が多数打ち込まれた300の遺体は、シンガポール華僑虐殺事件の犠牲者だった。
  24. シンガポール華僑虐殺事件検閲中央拠点 (Sook Ching Inspection Centre): シンガポール華僑虐殺事件でのふるいわけが行われた大規模な閉鎖地域の中心が、チャイナタウンのホンリョン・コンプレックスだった。ふるいわけに合格した者は開放され、失格したものはトラックに載せられ処刑のために遠くに運ばれた。虐殺の目的は反日要素を除去するためだった。憲兵隊が識別した基準は、反日容疑者として軍事情報部がリストした名前の持ち主、自警団員、共産主義者、秘密結社員、略奪者、武器保有者だった。
  25. チャンギ海岸虐殺 (Changi Beach Massacre): 1942年2月20日に、日本軍補助憲兵銃殺隊がチャンギ海岸の水辺で66人の中華系民間人男性を殺害した。1942年2月18日から3月4日までの間に行われた数万人の反日分子を粛清したシンガポール華僑虐殺事件の一部だった。8人から12人の列でローブに縛られ、海に向かって歩くように犠牲者は指示された。浅瀬まで歩いた時に日本軍は射殺した。多くは亡くなったが、数人は生き延びた。連合軍捕虜の回想によると、最初は撃って、次に生き残った人を溺れさせた後に、犠牲者を銃剣で突いて、全員が死んでいることを確かめた。チャンギ海岸での犠牲者の遺体は、チャンギ刑務所からのイギリス軍とオーストラリア軍の捕虜100人が掘った集合墓地の近くに埋められた。
  26. インド国民軍記念碑 (Indian National Army Memorial): 日本が設立支援した軍隊。イギリスからのインド開放が目的。
  27. ブキバト記念碑 (Bukit Batok Memorials): 昭南忠霊塔と連合軍記念碑が建てられた。
  28. ラブラドール砲台 (Labrador Battery): ラブラドール公園にある。シンガポール防衛戦で使われた砲台があった。日本軍の使用を阻止するために、破壊された。
  29. ブキティマの戦い (Battle of Bukit Timah): シンガポール戦闘の最終防衛ラインであるブキチャンドゥの戦いの前に起きた激戦地点。連合軍が日本軍に反撃を仕掛けたが、敗れる。
  30. サリンブン海岸上陸 (Sarimbun Beach Landing): シンガポール攻防戦の最初の戦闘地点。日本軍はここからシンガポールに上陸した。
  31. クランジ海岸戦闘 (Kranji Beach Battle): 上陸した日本軍に、連合軍は石油をまいて火をつけて大損害を負わせ撃退した。西村琢磨中将が率いる日本軍は撤退しかけたが、オーストラリア軍の不可解な海岸からの撤退命令で、日本軍は拠点を築いた。
  32. パシパンジャン戦闘地 (Pasir Panjang Battle Site): シンガポール攻防戦で最終戦闘の一つ。連合軍に銃弾が尽きた時に、手で格闘戦を行った。マレー部隊は最後の数人になるまで戦った。その時でも士気は高く、周囲で石油に火をつけられたが、降伏より火の中に挑んでいった。記念碑があるケントリッジ公園は、シンガポールの防衛のシンボルとして存在する。
  33. サイムロード野営地 (Sime Road Camp): 連合軍が作戦本部を置いた。
  34. ハブロックロード収容所、リババレーロード収容所 (Havelock Road Camp / River Valley Road Camp): 日本統治時代の民間人収容所。ここから労働のために島内に送られた。
  35. 旧市役所 (Former City Hall): 戦争中は空襲への避難所として、日本軍占領時は市政本部として使われた。終戦時に、マウントバッテン卿が板垣征四郎司令官から降伏を受けた場所でもある。

シンガポールとの血債協定

こうなるとシンガポールも、日本を非難する「アジアの声」から省かないといけない。 (産経: 井上和彦氏)

シンガポール政府は、シンガポール華僑虐殺事件への1967年の準賠償(血債協定)をもって、太平洋戦争中の出来事への日本への非難や請求は止めています。当時の金額で約30億円相当の無償供与です。協定の中にある「第二条 シンガポール共和国は、第二次世界大戦の存在から生ずる問題が完全かつ最終的に解決されたことを確認し、かつ、同国及びその国民がこの問題に関していかなる請求をも日本国に対して提起しないことを約束する」を守っているのです。

その一方で、日本占領時代の評価はシンガポールで確定しており、「シンガポールの近代史で最も暗黒の年」という評価をシンガポール国立公文書館はしています。

シンガポールの近代史における最も暗黒の年を通して生きた人々が直面した困難の記憶と考えが、常設展「昭南時代」(1942年から1945年の日本統治下のシンガポール)で保存されています。

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シンガポール教科書『現代シンガポールの社会経済史』(1985年版)においても「日本統治下においてシンガポールの人々は最も暗黒な日々を過ごした」と表現されています。

Page.158 13.1 Singapore after the British Surrender
"Syonan" means "The Light of the South", but this 'light' did not shine brightly and the people of Singapore spent the darkest days of their lives under Japanese rule.

結論:「シンガポールは日本が戦ったことを感謝していない」

以上から、「シンガポールは日本が戦ったことを感謝していない」が結論です。
歴史上の記述に何が「正しい」かを定義することは不可能です。事実確認自体が難しいだけでなく、どの事象に重きをおいて因果関係があると判断するかで、異なる解釈ができるからです。
しかしながら、今回のテーマ「日本が戦ってくれて感謝しています」は正誤を言えます。人の印象の問題なので、「あなたは感謝しているか」と聞けば良いからです。

インド国民軍のように、関係者に支持された動きも一部ありましたが、むしろそれは例外です。大枠としては、シンガポール華僑虐殺事件、憲兵隊に代表される強硬な統治政策、経済的困窮のために、「暗黒の日々」と太平洋戦争は位置づけられています

後記

中華系が多数を占める国家、というだけで「シンガポールは反日」という指摘を受けることがあるのですが、違います。確かに終戦直後は反日感情が中華系を中心に強かったのですが、太平洋戦争の精算をリー・クアンユー初代首相がしたことで、現在は有数の親日国家の一つです。「アジア10ヶ国の親日度調査」(アウンコンサルティング実施)では「日本人が好きですか?」という質問に95%が大好きか、好きと答えています。

日本の防衛政策には、安倍晋三首相が進める「積極的平和主義」を日米同盟の下で、早い段階から支持を表明しているのがシンガポールです。
uniunichan.hatenablog.com
政治の要人の往来も頻繁で、2014年だけでも、シンガポールのリー・シェンロン首相と安倍晋三とで首相会談が4回も行われています。リー・クアンユー初代首相の葬儀では、安倍晋三首相は国会期間中の日程でありながら、週末に日帰りでシンガポールに訪れて参列しています。
シンガポールのリー・シェンロン首相は個人的にも日本が好きで、2006年と2015年に北海道旅行、2013年には富士山観光を、(公務でなく)プライベートの休暇に行っています。
uniunichan.hatenablog.com


「シンガポールが日本軍に感謝」しているかどうかは、記事が英訳されて、現地メディアで報道されればフィードバックで簡単に分かる話です。日本は良くも悪くも排外的な日本語でコミュニケーションをとるため、コミュニティ外には伝播しにくい傾向があります。良く言うと、自文化を進化させることに長けているのですが、別の面では、対外的な評価を受けていないということです。
シンガポール関係者なら「シンガポールが日本軍に感謝するなんてあり得ない」で済んでも、関係者以外には一定の説得力を持ちます。事実の一部を切り取った記述が含まれているためですが、「それは誤解です」と実証的に主張するにはかなりの労力が必要になります。
井上和彦氏の記事が英訳され、「井上和彦氏が訴えるシンガポールにおける日本のイメージ」がシンガポールに伝われば、良好な対日感情が悪化し、国益を損なう可能性があります。シンガポール在住日本人には悪夢です。これに大メディアである産経が関与しているのも、問題を大きくしかねません。とある大新聞が歴史問題で紛糾しましたが、産経はその轍を踏まないことを強く望みます。

資料

"Social and economic history of modern Singapore. 2" (「現代シンガポールの社会経済史」(1985年版)) の原文を掲載します。

11.3 アジアと太平洋での戦争、11.4 なぜ日本は東南アジアを征服したがったのか、11.5 なぜ日本は米国との戦争に入ったのか

写真は"Social and economic history of modern Singapore. 2" P.128 - P.133及びP.138より筆者撮影
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12.4 ジョホールの戦い

写真は"Social and economic history of modern Singapore. 2" P.145, 146より筆者撮影
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13.2 イギリス人の収監

写真は"Social and economic history of modern Singapore. 2" P.160より筆者撮影
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13.3 中華系への処罰、13.4 5千万ドルの"贈り物"

写真は"Social and economic history of modern Singapore. 2" P.160, 161, 162より筆者撮影
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※本ブログの記述は、筆者の調査・経験に基づきます。記述が正確、最新であることは保証していません。記述のソースは、極力提示を心がけていますので、そこから正誤を判断下さい。
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シンガポールの湯の森温泉:「水道水を沸かした風呂」と記事にしたNHK

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2016年5月、シンガポールのスポーツハブ内にあるショッピングモール、カランウェーブモールに"湯の森温泉&スパ"が開業しました。公式サイトによると『湯の森温泉では様々な温泉のタイプを御用意させて頂いております』とのことです。英文表記でもOnsenを利用しています。

  • 住所: Kallang Wave Mall 397628(1 Stadium Place #02-17/18)
  • 営業時間: 10時~23時
  • 利用料金: 大人 = S$38 (GST別途)、子どもと65歳以上 = S$28 (GST別途)
  • 公式サイト: http://www.yunomorionsen.com/2015/sg/

"温泉"と名前が付いているのに、驚く人もいるはずです。シンガポールで地中から湧き出る温泉は、空軍基地内にあるセンバワン温泉しか知られていないからです。

センバワン温泉は(略)、シンガポール本島におけるただ一つの天然温泉 (hot spring) であり、明らかな治療特性で人気がある。
The Sembawang Hot Spring lies off Gambas Avenue near the junction of Sembawang Road and Gambas Avenue, along Jalan Ulu Sembawang. It is the mainland's only natural hot spring and is popular for its apparent curative properties.

(参考) GOTRIP!: 都市国家シンガポールにある唯一の「天然露天風呂」センバワン温泉

シンガポール政府資料では、センバワンがシンガポール本島で唯一の温泉と明記されています。それでは、この湯の森温泉が、センバワンからお湯を輸送しているのか、あるいは他の場所から輸送しているのかというと、湯の森温泉の公式サイトには、関係する記述はありません。

NHK「水道水を沸かした風呂」

日本のNHKがこの湯の森温泉を報道しています。NHKなので、湯の森温泉とは記事中に明記ありませんが、榎川雄也支配人の名前から、湯の森温泉の記事と断定できます。

施設内には水道水を沸かした湯加減などが異なる6つの風呂が設けられ、浴衣の無料貸し出しのサービスがあり、大人1人、日本円にしておよそ3000円で日本の温泉文化を気軽に楽しむことができます。このほか、レストランやマッサージのコーナーもあって、いわゆる「スーパー銭湯」のような趣です。

NHKでは『水道水を沸かした風呂』と書いています。お湯の源は水道と明記されています。
NHK記事には温泉という言葉がでてきていますが、温泉"文化"や『シンガポール人が日本で体験した温泉』という内容で使われており、湯の森温泉&スパが温泉だとは書かれていません。

水道水を沸かした風呂は温泉か: 温泉法

日本人の感覚では、水道水を沸かした風呂は、ただの風呂です。不特定多数が入浴できるなら、それは公共浴場であって銭湯です。温泉ではありません。
水道水を沸かした風呂を温泉と言うのは、日本の法律では明確に詐称です。
日本には温泉法があります。指定される物質を含んでおり、25度以上の地中から湧き出る温水が「温泉」です。

第二条  この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
別表
  一 温度(温泉源から採取されるときの温度とする。)
                       摂氏二十五度以上
  二 物質(左に掲げるもののうち、いづれか一)

2004年の温泉偽装問題

日本では2004年に、温泉偽装問題が大きな話題となりました。
白骨温泉での入浴剤利用や、伊香保温泉の一部で水道水を沸かした風呂を温泉と称していたことなどが取り上げられました。景品表示法に基づく立入検査及び注意を当局が行いました。

現在、日本では温泉分析書で温泉成分分析の結果の掲示が必要です。(温泉法第十八条2)
これらに照らし合わせてみると、水道水を風呂に利用してるなら、湯の森温泉が温泉と称するのは日本ならば詐称で違法行為だ、ということになります。

和牛とWagyu

ところが、日本の法制度の枠組み内では詐称でも、日本の外に出ると問題がないケースがあります。その一つが Wagyu です。
日本人が和牛と聞くと、日本で出生し飼育された黒毛和種の牛肉と認識されています。農林水産省ガイドラインもあります。海外産の牛を和牛と言えば問題になるでしょう。
ところが、シンガポールで Wagyu と言うと、大半はオーストラリア産です。日本産以外の肉でも、和牛種を Wagyu といって販売しているのです。そしてそれで問題ありません。
更に、日系企業がWagyuの扱いで責められる事件すらおきています。モスバーガーです。2015年10月23日に、シンガポール発でBBCが報じました。

シンガポールのモスバーガーは「Wagyuバーガー」をわずかS$4.85 (400円) で販売。BBCは牛の情報についての情報提供を求めたが、モスバーガーはコメントしませんでした。あるレストランは「格安Wagyuパテは混ぜ物の可能性がある」とコメントしています。シンガポールでWagyuはオーストラリア産が主流です。オーストラリア産Wagyuは5段階の格付けがあり、最低でも和牛遺伝子が半分必要です。「シンガポールのモスバーガーの格安Wagyuバーガーは混ぜものだろう」と、豪州産Wagyuを扱うステーキハウスに指摘されています。

シンガポールでは、メイドインジャパンの和牛と、和牛種のWagyuが共存しており、しかもWagyuの扱いについてオーストラリア産Wagyuを使うレストランが日系企業を責めるという地獄絵図が繰り広げられています。

"湯の森銭湯"じゃダメなんですか?

文化輸出と現地化

湯の森温泉が定着すると、シンガポールでは和牛とWagyuの区別がほぼなくなったように、温泉と銭湯の区別もほぼなくなるでしょう。
シンガポールでは温泉体験自体が限定されるので、温泉文化はありません。温泉を名乗っていますが、NHKによると湯の森温泉は、日系企業ではなくシンガポール企業とのことです。また、温泉での入浴文化は、日本は確かに著名ですが、日本のみの風習でもありません。
※ただし、在シンガポールで日系企業コマースグループが、タイで湯の森を運営しているオーナー、ジョン・スミス氏とジョイントベンチャーを組んでONSEN RETREAT AND SPA (SINGAPORE) PTE. LTD. (201425725W)を運営しているというのが正確なようです。コマースグループは、在シンガポール日本人にはお馴染みの、らーめんチャンピオンや、散髪のEC Houseを運営している企業です。

文化は輸出されると、その地で独自に発展します。中国で生まれたラーメンは、日本独自な食べ物になりました。日本で生まれた寿司が、世界各地で日本と異なる寿司として発展しています。独自発展した寿司を日本人がすしポリスのように認めようと認めまいと、それが現地で好まれれば、まずは好まれているということを受け入れる必要があります。
そう考えると、銭湯と温泉との間に海外の一部で差がないことも、日本人は受け入れなければならないのかもしれません。

湯の森温泉のサイトの英語記述では、Onsenは頻繁にでていますが、hot springという単語の利用を自社施設に使うことは避けていて、「日本の入浴文化と歴史」の紹介で出てくる程度です。日本人の感覚でも日本の法制度でも、銭湯と温泉は決定的に異なります。しかし、シンガポールの現行法や制度で、湯の森が英語でない"温泉 (Onsen)"と称するのは、問題無い行為なのでしょう。そして、シンガポールでも湯の森温泉が hot spring と称するのは、問題ある行為なのでしょう。
しかしながら、言葉の豊かさは文化の豊かさです。温泉 (hot spring) と銭湯 (public bath) の区別は、日本文化に理解が深いシンガポールにとってもプラスに働くと信じています。温泉偽装問題後に、源泉掛け流しを強くアピールすることで、価値を訴える温泉が出てきています。その一方で、銭湯もスーパー銭湯などで、日常での娯楽としての価値を生み出してきています。
湯の森も、"湯の森銭湯"として銭湯の価値を、シンガポール人、シンガポール在住日本人、シンガポールに旅行で訪れる人々に、追求して欲しいと願っております。

uniunichan.hatenablog.com

関係者各位へ

本記事に事実誤認がありましたら、ご連絡下さい。本ブログでの他の記事同様に、指摘内容に応じて検討の上、加筆、修正、削除を筆者の判断での実施を検討します。なお、NHK記事に関する事項で事実誤認には、NHK記事の加筆、修正が確認できるようになった後に、ご連絡下さい。

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シンガポールで外国人の副業は違法就労にも:在住日本人ブロガーの営利は困難

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シンガポールの最有力紙Strait Timesで、「ブロガーは物品やサービス受領の確定申告が必要というIRAS(内国歳入庁)通知がシンガポール著名ブロガーに届けられた」という記事が出ました。IRASは日本での国税庁に相当します。私の抄訳を付けます。

香港へのスポンサー提供の旅行、試食会への家族や友人への招待、最新の美容器具のパッケージ。これらは、ブロガーや"SNSで影響を持つ人"が製品に言及するために企業からしばしば受け取るものの例だ。現在、そういった"金銭以外の利益"も来月までに収入として宣言すべきだと、税務当局は指摘した。
「スポンサーの製品を書いたり批評したりすることと引き換えに、何かしらの製品やサービスを提供することは課税対象になりうる」とIRASは今月初めにブロガーに書面にて通知した。(略)
人気ブロガーの Xiaxue は「値段をつけるのが難しい物がある。もし誰かが私に口紅をくれれば、私はコストを調べて申告する必要があるわけ?」(略)
IRASによると、そのような義務は自営業者へのものと類似だし、これまでも存在してきたとしている。
たとえば、もしある人の家族や友人が4人分の食事に招かれれば、そのライターやレビュアーは課税所得において市価を申告する必要がある。しかしながら、収入を稼ぐ過程で発生した費用はブロガーは経費になる。
例えば、レビュアーが受け取った口紅が、記述への唯一の支払いだとすると、口紅は課税対象になる。しかし、金銭で支払われていれば、口紅は課税されない。この場合、口紅取得にかかった費用は経費にならない。経費になるのは、会計処理手数料や広告費だけである。(略)

市場でどれだけ売られるかで、製品とサービスの課税価格は決定されると、会計士は言う。もし非売品であれば、被課税者は類似商品の価値を報告するが、主観的になる。
収入の未申告や不正確な申告は違法だ。IRASは、税の過小支払いに最低200%の追徴課税を行い、脱税や詐欺になると未払いの最大400%を追徴課税とする。

今回、IRASから税での警告が出る以前から、シンガポール在住日本人ブロガーで、収入を得ることができる人は限られています。就労ビザの問題があるからです。シンガポール在住外国人は、以下の問題が発生します。

  • 就労ビザ: 労働省MOM
  • 税金: 国税庁IRAS

シンガポール人は就労ビザの問題はありませんが、日本人は両方共にクリアする必要があります。しかし、就労ビザの条件を満たさない在住日本人が大半です。

就労ビザ

PRのブロガー

就労ビザの扱いは滞在許可が永住権 (PR) かそれ以外かで大きく別れます。PRは就労許可のジョーカーです。PRを所持している限り、別途各業種に必要なライセンスがある場合を除き、どんな仕事にでもつけますし、自営もできますし、副業も可能です。つまりPRにはシンガポール国民と同じ労働の自由があります。
PR所持者は、営利活動としてブロガーをするのも問題ありません。

PR以外のブロガー (DP, EP, S Pass)

シンガポールの就労ビザ (EP, S Pass, WP)で副業は不可です。就労ビザ申請時に申請した雇用主のもとでのみ、働くことができます。
MOM: Can a work pass holder work in multiple jobs?
シンガポールでは、給与が発生しない無報酬でも、外国人が適切な就労許可(ビザ)無しに労働をすれば違法就労です。

PART IV - DECLARATION BY APPLICANT
I further undertake not to be engaged in any form of employment or in any business, profession or occupation in Singapore whether paid or unpaid, without a valid work pass issued under the Employment of Foreign Manpower Act (Cap. 91A).

PR以外で滞在するブロガー(DP, EP, S Pass)は、趣味やボランティアとしてのみブログを楽しみましょう。ブログを書いたことで、金銭や物品やサービスの提供や割引を受け取ることは、違法就労になります。
※就労ビザの一つのPEPは役員でなければ副業ができますが、それでもブロガーにはなれません。以下に抵触するためです。
You are not eligible for the PEP if you are:
- A freelancer or foreigner who intends to work on a freelance-basis.
- A journalist, editor, sub-editor or producer.
MOM: PEP: Eligibility and requirements for Personalised Employment Pass

シンガポールにおける違法就労

無報酬でも違法就労となる典型的な行為は、インターンシップです。
uniunichan.hatenablog.com

If you are holding a Student Pass, you are not allowed to work in Singapore during your term or vacation unless you are granted a work pass exemption. (略)
If you are a foreign student or trainee coming to Singapore under a training attachment programme, you should be holding a Training Work Permit, a Training Employment Pass, or be in the Work Holiday Programme. It is an offence for a foreign student to work in Singapore without a valid work pass.

外国人が無償でもインターンシップ(という名称での労働)をするには、PR(永住権)、ワーホリビザ、学生ビザ、TEP(Training Employment Pass)等が必要になります。各ビザの無報酬労働の条件を書きます。

シンガポールで無報酬労働が許されるビザと条件
  • PR: 条件なし
  • ワーホリ: 条件なし。ただし取得には、期間が半年のみ、25歳以下、最大ビザ発行数が2,000。世界ランキング200位未満の大学在籍か卒業でない場合、ビザが発行されるかどうかは運。
  • Student's Pass: MOM指定校に本籍がある在籍者のみ。交換留学生は不可、語学学校は指定校にならない。学期中の労働は週に最大16時間。休暇中は労働時間制限無し。
  • Training EP: 学校授業の一貫、在籍が著名校、シンガポールの著名企業がスポンサーであること。期間は最大3ヶ月

労働と、労働許可が不要な趣味やボランティアの境目があいまいなケースはありますが、報酬を得れば労働と判定されます。

ボランティアには労働許可が必要でしょうか?
いいえ。ボランティアに労働許可は不要です。就労関係や金銭の支払いがないことが条件になります。
例えば、金銭の支払いを受けていなければ、学校や慈善団体でボランティアをできます。

つまり、

  • 報酬を得て就労ビザ無しで活動: 違法就労
  • 報酬を得ず就労ビザ無しで活動: 内容により違法就労とMOMがみなすものがある

労働と、趣味やボランティアとの線引が微妙なケースがあります。例はフリーマーケットやガレージセールでの販売です。違法就労可どうかの最終的な判断は、MOMによります。

例1原材料費は個人の負担の元に、個人で作った食品や民芸品をバザーで販売した。売上はすべて慈善団体に寄付した。ボランティア/趣味
例2個人で作った食品や民芸品、他所で仕入れた商品を定期的に販売した。利益を含む売上は打ち上げで使った(利益は収入とした)。違法就労
例3個人で作った食品や民芸品をバザーで販売した。経費は製作者が売上からとり、売上との差分の利益は慈善団体に寄付した。違法就労
例4引越しのため不要品をガレージセールで販売した。購入金額より売上が安価だった(赤字)。売上は新居での物品購入に充てた(売上は収入とした)。違法就労???

例3は、微妙なケースに見えなくもないですが、MOM基準では違法就労です。理由はFAQでのMOM記述によると、金銭の受領があればボランティアではなく、例3では、経費でも少額でも、金銭を受領しているためです。誤解を避けたければ、ボランティアでは経費を含めて、自分の負担で実施する必要がある、ということです。

例4は、MOMが大っぴらに判断を表明したくないケースのはずです。就労関係はなく、利益もあげておらず、悪質性が無く、一般的にも行われていますが、金銭のやり取りがあるのに着目すると違法就労というなかなかに厳しい判断になります。

なお、学生へのインターンシップではなく、従業員をシンガポールでOJTさせるには、就労許可が必要です。
If you take up any on-the-job training, you require a work pass.

PR以外は副業不可、就労許可がなければ労働不可

EPとS Passの就労許可は、MOMに申請した雇用主の勤務地での申請職種のみです。複数の勤務先にMOMがEPを発給していることを、現在では確認できません。そのためEPでは副業できません。
MOM: Employment Pass Application Form (For Sponsorship cases)

DPはLOC (Letter of Consent)を勤務予定先経由でMOMから取得すると、勤労可能になります。しかし、ブロガーを含めフリーランス(Sole Proprietorship等)や自営へのLOC発行は、現在確認できません。LOCは複数発行されませんので、副業できません。
※取得者は少数ですが、PRの他に、PEP(役員不可)、ワーホリビザ、Student's Passでは副業可能です。なお先述したように、ブロガーはPEPの対象外職種のため、できません。
※PRのような適切な就労許可を取得したとしても、自宅コンドでの事業は都市開発庁URAからの規制があります。

出張者の入国目的は「ビジネス」なのか

労働許可がなければ就業(副業)できないのは、従業員としての勤務のみならず、役員としての会社経営、ブロガー、ライター、ノマド、お教室、企画旅行、家庭教師など労働に関する全部です。
シンガポールに入国する時に、入管で「シンガポールに何をしに来たのか?」と聞かれた際に、「ビジネス」と出張者が答えるのはもめる可能性があります。「会議への参加」などと適切に答える必要があります。
シンガポールでは就労ビザが不要な業務を明記しています。ここに無い行為へは就労ビザが必要です。
就労ビザが不要で、MOMに事前通知も不要な行為

  • 社内会議、ビジネスパートナーとの会議の参加
  • スタディツアー、研修、セミナーへの受講者としての参加
  • ビジターとしてのトレードショー参加

就労ビザが不要だが、MOMに事前通知が必要な行為 (一部のみを抜粋)

  • 展示会の主催者 (展示会期中に限った情報提供、販売)
  • ジャーナリスト (政府や公的機関が主催するイベントへの取材)
  • セミナー、カンファレンス、ワークショップでのスピーカー、司会、トレーナー
  • MOM: Eligible activities for a work pass exemption

シンガポールでの社内会議にでた後に、ホテルで出張者が日本業務に指示を出すのは、厳密には違法就労ですが実際には幾らなんでもおとがめにならないはずです。問題になるのは、シンガポールに新規オープンした店舗のヘルプを、日本からの出張者が就労ビザ無しでするケース等です。

税金

今回のIRASの発表は、「金銭でなく物品やサービスでも収入は収入。この規則は以前から存在していたが、ブロガーが適切な申告をすることが無かったので、改めて周知した」、という趣旨です。
原文を参照頂きたいのですが、主要点をまとめました。

  • ブログやSNS(Facebook/Twitter/Instagram/YouTubeなど)で金銭や物品やサービスを得た場合、課税対象で申告が必要
  • 以下の2つを共に満たせば、課税申告から免除となる
    • 製品やサービス提供が、一度の消費やテストのために、単発で提供される
    • 製品やサービスの価値が$100を超えない
      • つまり$100未満でも複数回発生するようなものは申告対象。例: 雑誌の複数回購読、鞄(一度で消費できない)の提供は、$100未満でも申告対象
  • 利益が年$6,000を超えれば、自営収入として申告が必要。
      • 契約やサインがなくても、利益供与を受ければ、申告対象。
  • 認められる経費がある。
  • IRAS: Income Received from Blogging, Advertising & other Activities Performed on Social Media Platforms

このIRASは金銭以外の、物品やサービス提供にしぼって記載されています。広告主からの金銭報酬や、Google AdWordsといったアフィリエイトなどの金銭収入は、これまでもこれからも申告が必要です。

※注: 日本に納税するかどうかの判断については、本記事の範囲としません。
(参考) 国税庁: 非居住者に対する課税

結局、日本人ブロガーは、どうすればよいのか

  1. 金銭や物品サービス提供を受けていない趣味のブロガーは、今後も何の問題もなく続けられます。
  2. 金銭や物品サービス提供を受けている営利のブロガーは、違法就労ですので、活動を止めるか、無報酬に切り替えましょう。それかPR取得など、適切な就労資格を満たしましょう。
  3. ブロガーでなくても、EP/S Passでの副業や、LOCを持たないDPでの労働は違法です。止めましょう。
  4. PRなど、就労資格を満たしているブロガーは、年$6,000以上の利益があれば、税務申告しましょう。$6,000未満であれば税務申告は不要です。

FAQ: 副業でのよくある質問

堂々と副業してる日本人EP、自営しているDP。有名人も含め結構見かけますが?

PRでなければ、まず違法就労です。単に通報されておらず、MOMが摘発していないだけです。堂々としているのは、違法なのを知らない、勤務先から副業は問題ないとの回答を得たが外国人を対象にした回答をしていない、ビザを適切に理解していない(間違ったアドバイスを得ている)、他に同じことをやっている人を知っているので自分が摘発されると思っていない、からです。つまり、知識に問題があるか、間違った人を頼っているか、倫理観に問題があります。
MOMとIRASは通常は連携をとっていません。そのため、IRASでの税の問題と、MOMの労務問題は別々に扱われることが多く、MOMは通報がなければ特定事案以外はプロアクティブにチェックしません。
EPでは、EP申請時に申請した勤務先での就労のみが許可されています。勤務先は IC (EPカード)に記載されています。複数の勤務先には、それぞれにEP申請が必要ですが、現在MOMではEPの複数発行をしていません。
DPでは、MOMがLOCを個人事業主やフリーランスに対して出す話しはかつてはありましたが、現在は本当にLOCが発行されているとの事例を確認できません。法人をたてて、資本金を積んで、EPへの切り替えが必要です。
ですので、現在、副業にはEP/S Pass/DPでは無理です。従業員の副業であればPEPかPR、自営の副業であればPRの取得が選択肢になります。
なお、外務省海外在留邦人数調査統計によると、シンガポールに日本人の永住権保持者は、わずか2,250人しかいません。これは男女子ども老人をいれた全ての人数です。そして、シンガポールで日本人永住権保持者の多くは、以前詳述したように、現地でシンガポール人男性と結婚した女性です

永住者本人男性 234人
永住者本人女性 701人
永住者同居家族男性 706人
永住者同居家族女性 609人
IRASは「年$6,000以下のブログ収入は"趣味"」と書いているので、労働ではなく、外国人もできるのでは?

IRAS文書の誤読です。そんなことは書いていません。「ブログ活動は収入がなければ趣味」、「$6,000以上の純利益があれば税申告必要」というのが内容です。下記に私の訳を付けます。

a) 私は情熱からあるいは趣味として書き物をしており、書き物から多くの収入は得ていません。しかしながら、スポンサーから商品を受け取ることがあります。業務やビジネスをしているとみなされますか?
回答: 一般的に趣味としてのブログはビジネスとみなされません。しかしながら、もしブログ活動が金銭や金銭でない利益との交換で、繰り返し習慣的に行われており、毎年の純利益が$6,000を超えていれば、自営収入としてブログ活動利益を申告する必要があります。
a) I am writing out of passion/as a hobby and do not receive much income from it. However, I receive sponsorship products occasionally. Am I considered to be carrying on a trade or business?
Answer: In general, blogging as a hobby is not considered a business. However if blogging activities are performed repeatedly or habitually in exchange for monetary and non-monetary benefits such that the annual net business income earned is more
than $6,000, this income should be declared as self-employed income.

外国人は、Employment of Foreign Manpower Actを満たさなければ、MOMで摘発されるのでご注意を。

シンガポールでヤラセやステマは違法ではないのか?

日本では、広告主がいることを隠して記事にしたりネットに記載する、ヤラセやステマ(ステルスマーケティング)は違法とされています。不当景品類及び不当表示防止法の優良誤認に該当するためです。
シンガポールでは、違法性を私はこれまで聞いたことがなく、ブロガーと広告主の倫理上の問題の範囲と私は認識しています。


筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

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アジア1位のシンガポール国立大学:授業料無料の都市伝説と奨学金制度

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THE アジア大学ランキング1位 シンガポール国立大学

イギリスのタイムズ・ハイアー・エデュケーション (THE) が、アジア大学ランキングを発表しました。3年連続1位を維持してきた東京大学が7位に転落し、代わってシンガポール国立大学 (National University of Singapore、地元ではNUS(えぬゆぅえす)と呼ばれる) が1位になりました。

本記事は長文なので、結論を先に提示しておくと、「シンガポールの国立大学での奨学金受領者は、国立大学学部生が14%、院生が30%(2001-2005年)。学生全員が無料ではない」というものになります
なお、シンガポール国立大学、通称NUSを"シンガポール大学"という人がいますが、シンガポール大学 (Singapore UniversityやUniversity of Singapore) は、現在は世の中に存在しません。1962年にマラヤ大学から分離した際に、"University of Singapore"と名乗っていた時代があります。その後1980年に、中華教育を行なっていたNanyang Universityと合併して、現在の名称になりました。NUSかシンガポール国立大学と呼びましょう。

3年連続1位の東大が7位に落ちたのは、他校の伸びより、ルール変更と自校の低迷

今年のランキング

今回のランキング100位の中から、1位から3位とアジア各国のトップ校を抜き出しました。
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日本より一人あたりGDPで上回るシンガポールと香港のトップ校が強いこと、国全体のGDPで日本より上回る中国が強い結果になっています。シンガポールと香港に加えて、アジア四小龍とも呼ばれていた韓国・台湾が、日本に迫ってきています。

東大の去年と今年の比較: 東大の失点

東大とシンガポール国立大学の比較

東大の去年と今年のスコア比較、また東大とシンガポール国立大学のスコア比較です。
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日本の大学の弱点として一般的に指摘される"国際観"ですが、確かにシンガポール国立大学より東大が圧倒的にスコアが低く、素点で65.9点も差をつけられています。しかし、今回の順位変動での、最も深刻な問題では実はありません。理由は傾斜配分後は、100%中で7.5%しか配分がなく、傾斜配分後ではシンガポール国立大学と4.9点の差はついています。しかしながら、東大は、1位だった去年と今年の傾斜配分後の比較では、"国際観"は0.2点しかスコアを落としていません。
東大が一位から転落した致命傷となったのは、学術論文などの"引用"で大幅にスコアを落としたことです。昨年から今年で13.8点も素点で低下しており、傾斜配分後は100%中で30%も配分があるため、シンガポール国立大学に5.6点もの差を付けられました。
同一の項目であるにもかかわらず、点数の大きな変動があったのは、素点の算出方法に変化があったためです。引用のソースが、去年のトムソンロイターから、エルゼビアのスコーパスに変わりました。また、スコーパスに変わったことで、英語刊行での引用の過大評価を減らす目的での修正が、ゆるやかになっています。
英語での引用の測定方法をゆるめたところ、東大のスコアが大幅に減少したということは、英語での引用が東大は弱かったと推定できます。
最後の指摘としては、東大は全スコア項目で、前年から素点で減点していることがあげられます。
これらが、1位から7位への凋落の原因です。

まとめ: 東大首位転落は"引用"スコアでの計測ルール変更が理由。
まとめ: 東大が国際観が弱いのは例年同様。配点が少ないため、これまでは他分野でカバーできていた。

シンガポール国立大学の都市伝説

日本人にとっての海外の大学は多くがそうであるように、シンガポール国立大学も日本人関係者がほとんどいません。そのため、関係者がエッジを効かせて一部分を切り取って出した記事(林哲矢氏)や、二次/三次情報を切り貼りしたまとめサイトなどを経由して、摩訶不思議なイメージが日本に出回っています。そのシンガポール国立大学の都市伝説を追ってみます。
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※写真はシンガポール国立大学。筆者撮影

シンガポール国立大学は学費や家賃がタダ?!

「シンガポール国立大学は授業料が無料」とは、一部のみが真実で大半が嘘です。対象が限定される事象なのに、無制限のような印象を与える「主語が大きい」表現です。
シンガポールは欧州の極一部の国にあるような大学学費無料の国ではないので、「大学は無料ではない」ですし、「シンガポール国立大学学生だからといって、学生全員が無料にはならない」が当たり前の結論です。特に先進国の日本人が優遇を受けるには各種条件をクリアする必要があります。

シンガポール国立大学の学費

シンガポール国立大学の1年間の授業料は、ここに記載があります。一部の学部を抜き出してみます。単位はシンガポールドルで、$1を80円 として換算します。
シンガポール国立大学 (NUS): Fees for Undergraduate Programmes

NUS学部と専攻国民永住者学費減免留学生減免なし留学生
人文社会、情報処理、工学、理学$8,050 (64万円)$11,250 (90万円)$17,100 (137万円)$29,350 (235万円)
法律$12,500 (100万円)$17,500 (140万円)$26,650 (213万円)$37,750 (302万円)
医学部医学科$26,400 (211万円)$36,950 (296万円)$55,450 (444万円)$141,100 (1,128万円)

補助なし外国人の値段を、学費の"定価"と見てよいでしょう。
注目すべきは、

  • 噂は嘘っぱちで、学費はタダではない。
  • 国民と永住者と外国人とで学費が異なる
  • 外国人にも申請可能な政府の学費減免がある
  • 専攻で学費が異なる

ことです。専攻で学費が異なるのは、日本で国立大学では学費は一律ですが、私立大学で馴染みがあります。
学費は国民か永住者か外国人かで異なり、外国人は減免がなければ国民より3倍以上も高額です。これが減免を申請すれば、2倍前後にまで縮まりますが、それでも学費は外国人の方がはるかに高額です。社会福祉を提供する必要がない外国人の学費が、国民より高額になるというのは、割りと一般的に見られます。
シンガポール教育省が提供している学費減免制度は、Tuition Grant というものです。

Tuition Grant の受給資格は、

  • 対象校の学生
  • 永住者と外国人は、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務があること

です。対象校は、シンガポール国立大学だけでなく、今回アジア2位にランクインしているナンヤン工科大学や、シンガポール経営大学といった国立校が対象で、大学以外でも日本の高専に相当するポリテクニク等も含まれます。シンガポールにおいて国立大 (local university) と私立大の違いは、政府が資本を出しているかどうかです(※脚注1)。資本が弱い私大と、政府が資本注入と学生補助をする国立大とへの評価は、教員・施設・学費の差に直結しており、国立大かそうでないかの格差は日本より遥かに大きいです。
Tuition Grantは対象校に在籍していると、減免額は異なりますが、申請さえすれば外国人も原則として受給できます。ハードルは対象校に入学できるかどうか、ということです。外国人受給者は、シンガポール教育省の発表(2014年)によると、ポリテクニクが6%で一学年あたり1,700人、大学では13%で2200人になります。予算規模では、外国人向けはS$2.1億 (168億円) で、高等教育予算の10%よりかは小さい程度とのことですが、相当な規模になっています。

大学院など更に進学したいTuition Grant受領留学生は、シンガポールでの就労を延期できます。年に平均250人が就労を延期させています。

制度としては、国民はTuition Grantを自動申請となり、学費の"定価"から減免を受けますが、就労などの義務がないので、義務がないまま権利を得られる仕組みです。
永住者と外国人には、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務があります。就職先に政府の指定はなく、留学生が自分で就活して探す必要があります。逆に言うと、3年間シンガポールで働くだけで、学費の減免を受けられます。よって、対象大学の外国人学生も永住者学生も大半がTuition Grantを受けていると、シンガポール教育省は言っています(2011年)。途中で学業や卒業後の就労を中断すれば、受領したTuition Grantの金額から就業期間を減額した金額に10%の年間利息をつけたペナルティを払う必要があります。

まとめ: 国立大学の学生は政府の学費減免を受けられるが、国民・永住者・外国人で額が違う。
まとめ: 外国人が学費減免を受けると、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務がある。
医学部進学のための誓約

シンガポール国立大学医学部医学科では、学費の"定価"との差額が、国民では年900万円にもなります。5年就学のため総額で4500万円にもなることから分かるように、相当な費用をかけて医師の養成が行われています。そのため、卒業後に、国民は5年間、永住者と外国人は6年間、シンガポール政府が指示する公務に就くことが入学の前提条件です。大半が医療業務です。この義務を途中で破棄すれば、ペナルティとして支払う必要があります。
「高等教育を受けた者が専業主ふになる是非」の議論があります。シンガポールでは有名校でも通常の学部であれば国民であれば国からの指針は特にありませんが、医学部のような政府助成が膨大なものであれば、ペナルティが明確に設定されています。

まとめ: 補助金が莫大なシンガポール国立大学医学部では、卒業後に5~6年間公務に就く義務がある。

日本では、政府が学生に直接減免する制度はなく、国民も外国人も学費は同額です。日本では、国民も外国人も学費は同額です。国籍条件が付かないような、政府から大学への交付金の構造になっている理由は不明ですが、シンガポールの学費減免の外国人は卒業後の3年間の就労義務があります。これは移民国家のシンガポールが、優秀な留学生を将来の国民候補と見ているからです。大学に4年間通い、その後3年間就労すれば、シンガポールに7年間滞在することになります。人生の1/3をシンガポールですごし、すっかり染められるわけです。しかも対象は、国立大学などに入学できる優秀な留学生ばかりですが、彼らの母国は近隣の発展途上国であることが多いです。アジアで最優秀の高等教育を受けられ、高給が稼げるシンガポールでの就労へも直結することは、近隣諸国の学生には極めて魅力的です。
シンガポールでも、最近は出生率低下から高齢化社会の進展が加速しています。これを防ぐために、移民の呼びこみを政府は決定しています。移民なら誰でも良いわけでなく、単純労働者ビザでは何年住んでも永住権の申請の権利がない国であり、社会福祉の対象になる可能性が小さく、国に貢献できると想定される人が、選別の上で歓迎されます。
uniunichan.hatenablog.com

本人の意志次第とはいえ、シンガポールの留学生は、母国に帰るより、経済的に豊かなシンガポールで永住権をとって、ゆくゆくは国民になるレールが敷かれているわけです。実際、シンガポールでの外国人奨学生は、8割以上がシンガポールに住み続けているとの国会答弁があります。

日本は移民国家ではないので、優秀な留学生→帰化、との一直線にはならないとは思いますが、国際関係での重要な人的リソース活用策として、シンガポールの留学生制度や米国のフルブライト奨学金から、学べることは多いと思われます。

まとめ: 移民国家シンガポールが外国人に学費減免を提供するのは、永住・帰化が狙い。

シンガポールでの国立大学留学生への奨学金

シンガポール国立大学の学費は無料ではない、ということが分かりました。また、シンガポール政府教育省の留学生用の減免を受けても、家賃タダどころか、外国人だと国民の2倍の学費です。それではネットの噂は、返還義務が無い奨学金を受けて学費負担が無くなるという意味でしょうか。
シンガポール国立大学での奨学金は、大学がここにまとめています。

※シンガポールで返還義務があるものは、優遇条件でも、奨学金でなくローンとして扱われます。

大学や各学部や政府や企業の大学外機関が出すものも含めて、多種多様な奨学金があります。その中でも「シンガポール国立大学は無料」という噂の出処と想定される大規模なシンガポール政府奨学金があります。ASEAN学部生奨学金です。
シンガポール国立大学 (NUS): ASEAN Undergraduate Scholarship (AUS)
シンガポール国籍を除くASEAN出身フルタイム学生はこの奨学金に応募可能です。シンガポール国立大学以外にも、ナンヤン工科大学や、シンガポール経営大学といった国立大学などでも、この奨学金の対象です。

まとめ: 政府奨学金の対象はシンガポール国立大学のみでない。国立大学生が対象だ。

近隣発展途上国から優秀な学生を青田刈りするシンガポール

シンガポールはASEAN (東南アジア諸国連合) の主要加盟国です。ASEAN加盟国は、

  • ブルネイ
  • カンボジア
  • インドネシア
  • ラオス
  • マレーシア
  • ミャンマー
  • フィリピン
  • シンガポール
  • タイ
  • ベトナム

であり、大半が発展途上国です。ASEAN学部生奨学金の受領は、卒業後3年間のシンガポールでの就業が必須なTuition Grantの申請が必須です。ASEAN学部生奨学金がASEAN出身者を対象にしているということは、近隣諸国からの優秀学生をシンガポールに吸い上げている構図があります。
奨学金は大学生のみでなく、中学1年生からもシンガポールでの留学を対象にしたものもあります。大学入学前からシンガポール政府奨学金を受けていた生徒の、シンガポールでの大学進学率は65%です。大学に進学しない35%は、高齢化社会に備えたポリテクニクでの看護師ではと私は想定しています。
シンガポール教育省 (MOE): ASEAN Scholarships
勿論、送り出し国にも、優秀な学生を金銭負担無しに先進国で鍛えられる、将来的に母国への送金や貢献を期待できるメリットもあり、また最終的に進路を決めるのは学生自身とはいえ、送り出し国には両刃の剣になっている側面もあります。

まとめ: シンガポール政府の奨学金は近隣諸国出身の優秀学生の青田刈りだ。

2001年から2005年と少し古いデータですが、奨学金受領の結論としては、奨学金受領者は学部生は全体の14%、院生では30%だと、シンガポール教育省は発表しています。さすがにデータが古く、特に院生は今ではこれより高いと思いますが、確認できる公式の値はこれになります。当然、奨学金によっては、生活費や母国への航空券付きの手厚いものから、学費の一部負担のみのものまで色々です。日本よりは返還義務なし奨学生が多いとしても、「シンガポール国立大学は無料」という言葉とは大きな乖離があります。
奨学金受領の学部生の1/3が国民、つまり2/3は外国人と永住者。奨学金受領の院生は1/4が国民、つまり3/4は外国人と永住者です。
当時は学部での奨学金スポンサーは、政府が35%、企業が54%、大学が11%。大学院での奨学金スポンサーは、政府が3%、企業が12%、大学院が79%、研究機関が6%でした。
2011年になっても、外国人留学生の35%がなんらかの奨学金を受領していると発表されています。65%はTuition Grantで減免を受けたとしても、国民よりはるかに高い学費を、自腹で払っている留学生たちだということです。
※奨学金受領率は国立大学全体での平均ですが、受領者がシンガポール国立大学生に偏っており有利であることは考えにくいです。2000年にシンガポール経営大学が国立大学の3校目として開校した直後の数字であるだけでなく、国立大学の2校目は今回アジア2位であったナンヤン工科大学であり、国内評価としての優劣は専攻によるからです。

まとめ:奨学金受領者は、国立大学学部生が14%、院生が30%。学生全員が無料ではない。
まとめ:国立大学留学生の35%は奨学金を受けており、65%は学費を自腹で払っている。留学生全員が無料ではない。

日本・シンガポール奨学金比較

日本にも外国人留学生への政府奨学金がありましたよね?

シンガポールでの留学生向け奨学金の話をすると、「日本でも外国人留学生への奨学金での大盤振る舞いがあったよね」という話になります。文部科学省の奨学金です。

これとASEAN学部生奨学金を比べてみましょう。

日本とシンガポールの政府奨学金比較
文部科学省奨学金 学部留学生(日本)ASEAN学部生奨学金(シンガポール)
人数150名 (総数11,266人)未公表(全ての政府奨学生の新規選出900人)
学費免除支給
語学教育日本語1年間なし
奨学金月額11万7千円(年140.4万円)年S$5,800 (年46万円)
その他往復航空券、宿舎なし
奨学金継続条件なし3.5/5(評価B)以上の成績
義務なし3年間のシンガポールでの就労

日本がシンガポールより手厚いのが分かります。
日本の文科省奨学金では、学費・宿舎・往復航空券が提供されるのが共通で、奨学金によって支給期間・奨学金金額・日本語教育期間が異なります。研究留学生(院生)や高専などを含め、総数で11,266人の留学生が奨学金を受けてます。
日本の文科省奨学金では一度奨学生になると期間を通しての支給が決まりますが、シンガポールの奨学金では支給継続に成績が条件になります。母国では最優秀だった学生でも、母国語での学習から、英語での学習に切り替わり、異国での暮らしになることから、B以上のグレードは楽々とはいきません。
学部の外国人留学生に付与されるシンガポール政府奨学金は、年に900名とのことです。付与の内容は、学費・住居費・生活費等であり、一人あたりの政府支出は平均S$2.5万と発表されています。

2014年の政府奨学金総額はS$3,652万 (約300億円) でした。教育省とNUS/NTUは、奨学生の卒業後の就労義務違反者に履行を促す不徹底があったとして、会計監査院に指摘されています。

次に、外国人留学生の政府予算を比べます。

外国人留学生向け政府予算 比較
日本政府 文部科学省シンガポール政府 教育省
対象人数19,336人 (*1)推定17,500人 (*2)
予算額242億円推定240億円 (*3)

(*1) 11,266人(国費留学生) + 8,070人(留学生受け入れ促進) = 19,336人
(*2) {政府奨学金(900人×4学年) = 3,600人 + Tuition Grant 13,900人(ポリテク1,700人×3学年、大学2,200人×4学年)} = 17,500人 ※ポリテクには2年、大学には3年で卒業の専攻もあり、大学院の人数は不明
(*3) 168億円(Tuition Grant) + 72億円(奨学金:900人×4年×S$2.5万=S$9,000万) = 240億円
文部科学省: 平成28年度文部科学関係予算(案)主要事項

日本政府はシンガポール政府と同等の規模で、外国人留学生に支援をしています。シンガポールでは未公表の大学院留学生が加わると、シンガポールの規模が日本を上回るでしょう。GDPで日本はシンガポールの14倍(IMF 2015年)であることを考えると、シンガポールは相当積極的な予算を留学生に組んでいます。

高まる反移民感情「外国人留学生に金を使うより自国民の学費に!」

シンガポールでは、増え続ける移民に対して、2009年の経済危機(リーマンショック)以降、国民がアレルギーを示すようになってきています。シンガポールでは人口の1/3が外国人で、現在も増えています。しかし、2011年総選挙で与党は勝利しながらも得票率が低下する打撃をうけたことで、移民のビザ発給が厳格化され伸びはゆるやかになりました。このネガティブな感情は、留学生に対しても同様です。
uniunichan.hatenablog.com
留学生比率は、国立大学ごとの公式数値は不明です。(2018年2月16日追記:NUSの外国人学生比率は、2013年23.3%、2017年17.3%とToday紙にて報道されています)
シンガポール教育省によると2011年には当時3つしかない国立大学の平均として、外国人留学生が18%であり、同様に外国人ですが永住者は4%でした。外国人留学生比率が20%を超えないように調整しているとのことです。

東大の留学生比率は、学部で2.4%、大学院で19.4%、研究所で38.9%、総計で10.9%とのことです。

野党からの批判

非選挙区選出議員 (NCMP) を以前務めていた元野党議員は「second upper class honours以上の成績の外国人奨学生は68%、学生全体では38%なのでそれより高いと政府は言う。しかし、外国人奨学生は人数が多く、シンガポール人向け政府奨学金PSCはsecond upper class honours以上が97%と比べると、成績が十分ではない」「外国人奨学生受け入れには反対しないが、シンガポールの大学は世界水準になったにもかかわらず、奨学生受け入れ基準が低すぎる」と自身の国会質疑に基づいて主張しています。
Yee Jenn Jong: Time to review our scholarship framework for international students

シンガポールでの自国民への政府奨学金

シンガポールで国民が外国人奨学生に反発するのは、言うまでもなく、自国民の教育環境と比べているからです。シンガポールでの国民への奨学金は、人数が少数限定された、シンガポールらしいエリート主義あふれるものです。シンガポールで国民への政府奨学金と呼ばれるものは、各省庁が提供しているものや公務員局 (PSC) が提供しているものがあり、その中でも最高峰のものがPSC奨学金の一部である大統領奨学金 (President's Scholarship) です。PSCの対象になると、氏名・出身校・進学先と専攻が公表され、大統領奨学生は地元ニュースでも大きく報道されます。2015年はPSC奨学生は75名大統領奨学生は4名でした。大統領奨学生はシンガポールの各界でのトップリーダーへの登竜門です。
勿論、義務 (bond) があります。シンガポールを含めた留学国によって異なる卒業後4年から6年の官僚としての就業義務です。これは、官僚に興味があればまたとない出世コースですし、興味がなければ応募をためらわせます。公務には軍役も含まれますが、応募時にジャンルの希望があるので、軍役を希望するものしか軍役に配属になりません。外国人奨学金は周辺国の優秀生をシンガポールに吸い上げる仕組みですが、国民向け政府奨学金は自国民の優秀者を官僚に吸い上げる仕組みということです。また、永住者もPSC奨学生に応募可能ですが、支給が決まった段階で、国民に帰化することが受領の前提となります。外国人は応募不可です。

PSCに加えシンガポールの各省庁が独自で出す奨学金もあるとはいえ、国民への奨学生の人数は、外国人奨学生の900人には及びません。先ほど、紹介したように、「奨学金受領の学部生の1/3が国民、つまり2/3は外国人と永住者。奨学金受領の院生は1/4が国民、つまり3/4は外国人と永住者です」。

まとめ: 国民向け政府奨学金は自国民の優秀者を官僚に吸い上げる仕組み

外国人奨学金は社会福祉でない、国家の戦略投資だ

シンガポール政府は国会答弁で留学生向け政府奨学金の狙いとして以下をあげています。

  1. 地域の相互理解
  2. 地域の親善
  3. ダイバシティ (異文化スキル)
  4. 出生率低下での労働力確保

地域の相互理解や親善というのは、確かにそうでしょう。その一方で、日本では正面から論じられない、移民政策であることがシンガポールでは述べられています。

シンガポール政府の留学生奨学金の狙い

ここまでの環境の差になると、国民が奨学金の違いに怒るのは一見合理的に見えるかもしれません。ところが、自国民への政府奨学金と、留学生への政府奨学金は、同じ奨学金でも趣旨が違います。自国民への政府奨学金は、将来シンガポール政府を担っていくエリート養成であり、学費減免は社会福祉です。ところが、留学生への政府奨学金や学費減免は、少子高齢化対策であり外国人タレントハントという戦略投資の位置づけが強まります。
周辺発展途上国からシンガポールに留学するには、大半が奨学金無しでは経済的に無理なことは自明です。奨学金は一般的に2つのポリシーがあります。メリットとニーズです。メリットは優秀な学生に対して給付するもの、ニーズは就学基準を満たしているが経済的支援無しでの就学が困難な学生に給付されるものです。米国ではニーズの奨学金は外国人が原則適応除外ですが、シンガポールのASEAN学部生奨学は、外国人対象でありながらニーズの意味合いが強いです。その一方、シンガポールの政府奨学金はメリットです。この理解を持つと、シンガポールの野党議員の主張は、「これまでニーズだった留学生奨学金をメリットにすべき」という趣旨だと解釈できます。恐らく彼にとっては、フルブライト奨学金のような制度が好ましいのでしょう。
奨学金議論で「同じ財源なら外国人より自国民に給付しろ」という直感的な主張は実はズレています。留学生奨学金を外国人への社会福祉と誤認しているためです。シンガポール政府が歓迎する議論と思われるのは、「移民政策としてどんな人物を歓迎するのか」「どんな留学生に対して幾らまでなら国は学費などを投資すべきか」「成人するまでに留学生として生活をすることでシンガポールに溶け込むチャンスがあるのに、それを逃して社会人からの移民のみに頼ってよいのか」ということでしょう。
同様に日本の奨学金議論に必要なのは、「続けるのであれば奨学生に何を期待するのか」、「続けないのであれば奨学生への投資無しでそれが代替できるのか、そもそも不要なのか」のはずです(シンガポールでは目的はタレントハントであり留学生の帰化なのは明確で、目的すらあいまいな日本の留学生奨学金は批難されるべきです)。

まとめ: シンガポールの留学生奨学金は社会福祉ではない。移民政策の対外戦略投資だ。
日本の外国人留学生への政府奨学金は戦後補償が原点

シンガポールが明確に優秀な移民候補のタレントハントを目標としており、実績も上げていることを考えると、日本は政府奨学金を60年間もしていますが、お金をばらまいて終了に見えてきます。日本の政府奨学金は戦後補償が出発点ですが、具体的な成果を何にしているのか、何をもって外国人奨学生への成果として測っているのかはあいまいです。文部科学省の「国費外国人留学生制度実施要項」を見ても、制度の目的が書いていません。
独立行政法人 日本学生支援機構 (JASSO) が帰国外国人留学生へのフォローアップをやっていますが、例えば日系企業が海外進出する際に元奨学生から話を聞くであるとか、日系企業の現地幹部として活躍している、海外企業が日本進出に際し在日法人幹部となり日本人を雇用している、各国政府の知日派として日本とつないでいる、という話はまれだと思われます。せめて、各国奨学生出身の政財界著名人の公開や、連絡先開示依頼のとりつぎなどは、即座にできるはずです。米国フルブライト奨学生は、一生フルブライターとして貢献し、それを誇りにしています。
インターネットを中心に、日本の政府奨学金が叩かれていることを目にすることが多くなりました。目標と成果を公開しての活動をしていかないと、反発から規模や給付内容の修正は避けられなくなるでしょう。

シンガポール国立大学 と シンガポール教育 よもやま話

実は、日本人の一部界隈で既にシンガポール国立大学ブーム

日本人の一部界隈ではシンガポール国立大学は既にブームです。大学ランキングで上位なだけでなく、シンガポールという国が最近脚光を浴びており、「シンガポール"国立大学"」という日本人にとっての学校名のとおりの良さも大きな要因でしょう。
これを分かりやすく示すのが、シンガポール国立大学のMBAでの、日本人学生数です。フルタイム学生100人中、日本人学生数は15%前後を占めています。これは地元のシンガポール人(8%)の倍近いのです。知名度がある留学先の中で、日本人占有率が最多な専攻の可能性が高いです。その一方で、同じシンガポールにあるナンヤン工科大学は、THE大学アジアランキングで今回2位、Financial TimesのMBAランキング(29位)ではシンガポール国立大学(32位)と例年接戦しながらも今年は高ランクですが、日本人MBA学生数は2名~6名前後にとどまっています。
しかしながら、交換留学生でなく、シンガポール国立大学に学部から入学する日本人が増えている、ということは私は確認していません。日本人の学部入学者は、例年数人前後しかいないはずです。日本人の高校生で、シンガポール国立大学に入学できるのであれば、米英有名大に入学できるからでしょう。学部生で入学できる人達は、生まれや育ちがシンガポールが大半で、日本人とシンガポール人ハーフが多いです。

「学費・家賃タダ」という記事はなんなのでしょう?

シンガポール国立大学で学費は無料ではありません。返還義務なしの奨学金を取る難易度は、

  • 大学名 (有名校であれば奨学金の選択肢が多い)
  • 学生の優秀さ (メリットでは優秀である必要あり、ニーズでは入学できればほぼ無関係)
  • 学生の経済事情 (メリットではほぼ無関係、ニーズでは困窮家庭であれば有利)
  • 学部か院か (企業の寄付が集まりやすく教員の手足にもなる院が有利)
  • 専攻 (企業の寄付が集まりやすい実学系が有利)
  • 出身国 (特定出身国を対象にした奨学金あり)

などによって大きく変わります。ニーズでとれるか、メリットでとれるかです。企業の寄付がつきやすい専攻の院であれば、「学費を払っている学生はほとんどいない」という状況にシンガポールではなります。
シンガポール国立大学に在籍していた人が書いた記事は、シンガポール国立大学の一般的な内容ではなく、彼が所属した大学院の専攻での、記事の筆者の身の回りに限定される話です。「留学生の半分が奨学金を受けている」のはリー・クアンユー公共政策大学院だとそうなのかもしれませんが、繰り返しですが、奨学金受領率は、国立大学の留学生は35%であって、学部生(国民と外国人)では14%です。
なにより、リー・クアンユー公共政策大学院は、シンガポールの国立大学の中でも31年間首相であったリー・クアンユー初代首相の名前を持つことからも分かるように、シンガポールの中でも特殊で恵まれた専攻です。リー・クアンユー氏の名前が付いている学校に奨学金を出す、というのはシンガポールとビジネスをする企業にとってステータスとなることは間違いありません。理系やMBAと比べると卒業後の就職が困難な公共政策大学院は、各国政府からの国費留学生(つまり卒業後の就職先と学費が確保)がいなければ、学生を集めることが大変な専攻の一つです。シンガポール国立大学はリー・クアンユー初代首相の名前をつけるという国策に即して、私費学生確保のために奨学金をまいています。
ASEANでもない先進国出身者の日本人が、シンガポールで奨学金をとるのは難易度が高いです。ニーズでの奨学金が適応外だからです。シンガポール国立大学に在籍していた記事を書いた方が奨学金をとれたのは、その方が優秀だから、というのと、メリットベースで奨学金をとるのに敷居が低い専攻の院だから、ということに尽きます。

世界遺産の中にキャンパスがあって風光明媚なんですね

嘘です。
シンガポール国立大学にはキャンパスが3つあります。ケントリッジ、ブキティマ、オートラムです。世界遺産ボタニックガーデン近くのブキティマキャンパスにあるのは法学部とリー・クアン公共政策大学院であって、シンガポール国立大学のメインキャンパス(ケントリッジ)はそこからMRT地下鉄で30分以上かかります。
また、世界遺産ボタニックガーデンと隣接です。世界遺産の中ではありません。
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※写真はケントリッジキャンパスを走る大学の無料バス。キャンパスは広大なので、バスに乗らないと移動が大変です。筆者撮影。

シンガポールでの大学への評価は給与格差

シンガポール内での大学評価は、日本のような入学時の偏差値ではありません。評価は卒業生の給与でされています。
■国民: 新卒学生給与

教育機関名(日本の類似教育機関)月給の平均/中央値
ITE商業工業高校平均$1646 (14万円)
ポリテクニク高専中央値$2100 (18万円)
SIM (最大手私立大学)平均$2500 (21万円)
国立三大学 (NUS/NTU/SMU)平均$3468 (29万円)
シンガポールの大学専攻での給与格差

日本でも文学部や社会学部の大学院に進学すると就職に困ることはよく知られていますが、シンガポールではそれが学部からになります。日本は新卒の採用にはポテンシャル専攻をするため、何を専攻し何を大学で学んだかは、それほど評価されません。しかし、シンガポールでは、専攻で専門知識を身につけ、それを活かせるインターンシップ先を探し、大学の成績で有名企業からは足切りを受け、インターンを業務経験として見せることが、新卒が仕事を得る王道です。業務に結びつかない専攻は不利なのです。
シンガポールでは教育省が、学部で各専攻の卒業生の新卒給与と就職率を公開しています。これが採用企業からの大学および専攻への評価です。日本人が初めて聞くであろう3校目の国立大学であるシンガポール経営大学が高く評価されていることが分かります。地元での評価と、グローバルの評価は異なるのです。

順位大学専攻卒業者の平均月給日本円換算($1=80円)
1位シンガポール経営大学法律 (Cum Laude以上)$5,313¥425,040
2位シンガポール経営大学法律$4,997¥399,760
3位シンガポール国立大学法律 (L.L.B)(Hons)$4,910¥392,800
4位シンガポール国立大学医学部医学科$4,729¥378,320
5位ナンヤン工科大学会計ビジネス$4,438¥355,040
6位ナンヤン工科大学ビジネスコンピューティング$4,395¥351,600
7位シンガポール経営大学経済 (Cum Laude以上)$4,380¥350,400
8位シンガポール国立大学経営管理 (Hons)$4,326¥346,080
9位シンガポール国立大学コンピューター工学$4,252¥340,160
10位シンガポール経営大学経営管理 (Cum Laude以上)$4,130¥330,400
シンガポール国立大学って「日本の東大」でエリートなんですよね
シンガポール国立大学って、東大と比べると学生の質が大したことない

どちらも印象論で的外れです。シンガポールで「NUS卒業です」と言われても「おぉ、すごいですね」とはならないです。かといって、シンガポール在住の一部日本人にいるような「NUSは大したことがない」も極端です。
まず、シンガポールで最優秀層は政府奨学金で海外に行くことが多いです。そのため、地元の国立大学には進学しません。しかし、近年では政府就職への義務を嫌って、政府奨学金を断って地元の国立大学進学も増えてきました。
ですが、往々にしてシンガポールにいる日系企業の駐在員で「NUS、大したことない」と愚痴をこぼしているのは、日系企業を優秀な学生が職場として選ばないからで、それはシンガポール国立大学の問題である以上に、職場の問題です。そのため、政府奨学生クラスの人材とは(たとえ政府奨学生クラスの人材がシンガポール国立大学に進学していても)日系企業は元から縁がないので、関係ありません。
uniunichan.hatenablog.com
政府奨学金の最上位層を除いて考えると、シンガポールでは優秀層はシンガポール国立大学に集中しておらず、大学序列化は専攻によっては多少ありますが、大学間での明確な序列化はありません。優秀層はナンヤン工科大学とシンガポール経営大学にも分かれます。日本のように大学名をきけば序列が分かる、というものでは、シンガポールはありません。
日本の学生とシンガポールの受験競争をする母集団が異なりますが、比較にはPISAがあげられます。15歳を対象にしたPISA試験結果で、数学・科学・読解の全分野で、日本はシンガポールに成績が劣っています。日本の大学序列の偏差値は、入学時の難易度に過ぎず、肝心の在学中の習得や研究等を反映していないことが致命的です。

院生は中国人ばかり

はい、ご指摘通りです。米英の院も似たような学生の構造です。
シンガポールでは日本のように「理系だったら修士までいきたい」であるとか「院に進学して学歴ロンダリング」「就活失敗したから院」というような進学動機はありません。研究者志向の人を除いて、仕事を得るためには学部の学歴で通常は十分です。
結果として、自国民より、中国やインドから院生はスカウトすることになります。

留学生や外国人教員を金で買ってる

はい、ご指摘通りです。それがクリエイティブクラスに必要なダイバシティと優秀層の流入につながっています。大学ランキングでも、国際観の上昇に直接寄与しています。

シンガポールは詰め込み教育

トップ校にガリ勉せずに入れる国があると聞いたことがないです。日本の授業より、生徒・学生と教師とでインタラクティブです。
学校の勉強など特にせずとも、好きなことをやってるだけで、受験ぐらいらくらく超えられるのは日本のトップ校の学生でも限定的です。
シンガポールでは詰め込み教育批判に対応するために、国際バカロレア (IB) を地元校に導入したところ、45点満点で世界平均が29.94点のところ、41.3点をとるACS (International)という学校があらわれました。ACSは以前からの地元のトップ校です。
uniunichan.hatenablog.com

ランキング対策してずるい

はい、シンガポールの大学はランキングは相当意識しています。
日本の大学も、系列校進学・推薦入試・科目減入試と国内基準の偏差値対策を頑張っているので、世界大学ランキングでも同じように徹底対策をとる大学があらわれることを期待します。

シンガポール国立大学からノーベル賞とってないじゃないですか

はい、シンガポールからノーベル賞受賞者はいません。THEランキングでノーベル賞の数は基準ではないので、今のような結果になっています。

※脚注1:私大のUniSIMもTuition Grant対象ですが、フルタイムで仕事を持つ(つまりパートタイム学生)か2年の社会人経験がある国民・永住者に限定されます。UniSIMへのTuition Grantでの趣旨は、社会人の学士取得支援なためです。またUniSIMは私大でありながら、政府資本を受けるシンガポールで最初の大学です。


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東洋経済 「シンガポール人は老後資産は1億円以上が当たり前」 (花輪陽子氏) を検証する

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。
東洋経済オンラインにて「シンガポール人が日本人より超金持ちの理由 老後資産の目標額は1億円以上が当たり前!」という花輪陽子氏の記事が掲載されました。

toyokeizai.net

花輪陽子氏はシンガポール在住のファイナンシャルプランナーとのことです。名称独占資格の1級ファイナンシャル・プランニング技能士であり、日本の職業能力開発促進法に基づくものなので、海外では資格の影響はありません。シンガポールでは、FPASというNPO団体が行っているCFPというファイナンシャルプランナー資格がありますが、花輪陽子氏はこちらへの言及はありません。なお、業務資格の有無にかかわらず、外国人が当地で業務を行うには、ビザ(EPやLOC)など就労資格が必要になります。

今回は東洋経済という大きな媒体で更にアクセスが多かったとのことです。シンガポールへの誤解が定着することをを避けるため、東洋経済記事を引用しながら、内容を検証します。

シンガポールに公的年金はないのですか?

シンガポールは、 (略) 小さな政府であるため、先進国にかかわらず公的年金がありません

シンガポールに公的年金はあります。
該当記事でも後述されているCPF (Central Provident Fund=中央積立基金) がそれです。国民と永住者は強制加入です。永住権を持たない外国人は、現在は新規加入できません。CPFはシンガポール労働省管轄の公的機関です。CPFには多彩な機能がありますが、

  • 本人と雇用主からの強制貯金
  • 住宅購入等、医療、年金の3つの口座

が特徴です。納付には所得税からの控除もうけられます。CPF自身が「CPFは定年に備えて、安心と信用をもって、多くの働くシンガポール人に包括的な社会保障の貯蓄計画を提供するもの」と説明しています。

記事でも「厚生年金のように」とCPFを表現されているのに、なぜ公的年金でないと判断されたのか理解に苦しみます。

シンガポールの老後には1億2千万円が必要なのですか?

「老後に1億2000万円必要だから」シンガポールの知識層からたびたび聞くフレーズ

シンガポールの"知識層"の定義が本文中で示されていないのですが、記事のタイトルが「老後資産の目標額は1億円以上が当たり前!」と書かれているので、過半数と捉えて良いでしょう。
老後資金の統計は、私が調べた限りでは見当たらなかったのですが、シンガポール政府が示した必要資金のモデルがありました。
シンガポール政府は金融知識の普及のために「マネーセンス」というウェブサイトを作っています。そこでは62歳で、3,500万円(S$43万)の金融資産がモデルとして示されていました。

  • 現在の物価価値で、年150万円 (S$1.8万) を老後に使いたい。
  • 今後のインフレを考慮すると、現在の200万円 (S$2.52万) に該当する。
  • シンガポール人男性の平均余命が83歳。62歳に引退するとする。83-62=21年間にわたって、毎年150万円相当を使うためには、引退時に3,500万円 (S$437,245)が必要になる。
  • MoneySENSE: The MoneySense Guide to Planning for your family's financial future (22ページ)

国民一般が対象の文書ですから、62歳で3,500万円は中間か平均に近い数字と考えて良いでしょう。その根拠となる「一人月額12万円」の妥当性については、後述します。

シンガポールの年金生活者は月に30万円も使うのですか?

シンガポールの老齢者の月間平均支出は、30万円

間違いです。これには政府統計があります。統計での最大支出額の範囲となっている、月間支出が16万円($S2千)以上は、65~74歳でわずか8.0%です(2011年)。月額8万円~16万円が32.7%、分類上で最も多いのは月額4万円~8万円を使う人のグループで37.4%を占めます。
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2011年と若干データが古いのですが、2011年から2016年の物価上昇率は累積でも6%にすぎないので、今でも月間支出が16万円(S$2千)以上の人は1割前後でしょう。これが、マネーセンスの金額の「なぜ老後は月額12万円(S$1,500)でよいのか」という根拠になります。

この金額で十分なのは、シンガポールの持ち家率の高さが貢献しています。日本の持ち家率は全国平均で61.7%(2013年)ですが、シンガポールの国民・永住者の持家率は90.3% (2014年)にもなります。CPFで強制貯金されており、CPFの限られた使用用途の一つが住宅購入であり、シンガポール人は自国に不動産を持つように動機づけがされています。
高齢者は更に持ち家率が高いです。65歳から74歳は、98.2%が持ち家です。住宅ローンが終わっていれば、衣食への費用は大したことがなく、不安は医療費程度になります。

シンガポールでは収入の1/3を積み立てても老後資金に不足するのですか?

若いときから収入の1/3を積み立てていれば、有事のおカネをすべてまかなえるかというとそうではありません。
「インフレに負けない」3%以上で運用する

記事の説明では不正確です。若いときから収入の1/3を積み立てていても、老後資金に困るって、どんな修羅の国なんですか。正確には「CPFだけでは老後資金に不足する場合がある」です。

CPF以外に老後資金を準備するのが望ましい理由は、CPFは年金以外にも住宅購入・医療に使われることと、積み立て金額に上限があるためです。
CPFは住宅購入・医療・年金の3つの口座があり、口座の積み立て比率は年齢によって異なります。35歳以下では、約6割が住宅購入口座に入り、年金には16%しか入りません。35歳以下では、収入の5%程度しか年金積み立て用の口座に入れていないのです。60歳~65歳になると、住宅口座には約2割しか入らず、年金に15%、約6割は医療口座になります。

CPFの強制貯金は、月収S$6,000以上の収入で打ち止めです(別途ボーナスなどでの積み立てはあり)。つまり、$6,000を超えた収入の人は、老後も類似の生活水準を維持するには、CPF以外での老後資金運用を考える必要があります。日本でも「年金だけで老後資金の大半がまかなえる人」は、限られているのと似た状況です。

余談ですが、シンガポールは税が安い国として知られていますが、国民はそうだとはさほど感じていません。これは月給S$6千(約50万円)までは、収入の1/3をCPFに納付するからです。これが、CPF上限の月給S$6千を超えると、一気に負担が楽になります。

おいしいCPF

シンガポールでは昨年のインフレは0.6%でした。2006年から2016年の十年間では、年あたり2.4%です。

CPFは非常にオイシイ制度です。世代間格差を生む日本の賦課方式の年金とは異なり、積立方式です。自分が貯めたものを、老後などのタイミングで自分が受け取るのです。その間は、複利運用が当然されます。ポイントは

  • そこそこ高い金利
  • 政府の元本保証

です。目的によって異なる口座種類や、口座額によって違いますが、利息が2.5%~5%にもなります。私は元本保証でこれよりオイシイ金融商品を世界中に知りません。知っている人がいれば教えてください。
: 住宅購入等に使える普通口座は2.5%、医療口座と年金口座は4%。しかもS$6万までは、プラス1%のボーナス利息があるのです。

インフレを考慮しても、普通口座であれば元本価値キープ、医療口座と年金口座は貯蓄を増やすことができます。日本の現役世代からは垂涎の制度に見えますが、これでもシンガポール人には不満がある人がいるのが、驚きです。

シンガポール人はそんなに金融知識が高く、運用益を得ているのですか?

元本保証CPFを止めて投資運用にでたシンガポーリアンの末路

シンガポールのように、自助努力でおカネを準備しなければならない

記事を通して、いかにシンガポール人(知識層)が金融リテラシーに高く、自助努力で老後の運用益を抜け目なく得ているかのように、印象づけられています。これは必ずしも事実ではありません。

CPF運用の王道は元本保証での政府への一任ですが、CPF口座残高が一定額を超えると、認定された金融商品に、リスクを取って個人の判断で投資をできる制度があります。CPFインベストメント・スキーム (CPFIS) といいます。

ところが、2016年の政府発表では、CPFISでリスクをわざわざとりにいった人は過去10年で45%が損失を出しています。マイナスです。35%の人は、利益を上げていても、CPFであれば保証されていた2.5%未満でした。つまり、8割の人は不要な積極投資をしてCPFであれば得られた収益を逃しています

なお、2015年の単年では、CPFISを2.5%以上の利益が27%、2.5%未満の利益が15%、損失が58%です。2016年の単年では、市場上昇を受けて、78%が2.5%以上、2.5%未満の利益は10%、損失が12%となっています。年金なので上述の長期の10年スパンという発表で判断するのが適切でしょう。



なぜこんな惨状になってしまったのかについて、シンガポール政府は2点を指摘しています。

  1. CPFISの投資に必要な投資マネージャーへの手数料
  2. 市場に熱がある高い時に買い、価格が弱気になると売る平均的な投資家の行動をとるため

ファイナンシャルリテラシー以前の話として、営業のコストはまわりまわって消費者の支払いに含まれるという原理原則があります。シンガポールにおいても、金融商品の街頭キャッチセールスや、営業員との喫茶店での会話を見る機会は多く、この理解は徹底されていると思えません。営業に時間をかけて「説明」され「相談」して買う商品やサービスには、直接的なコンサル費としてではなくても、販売奨励金などで結局は買い手がコストを払っています。キャッチセールスや訪問販売が避けられるのは、それだけの営業コストを買い手が払う必要がある割高商品だからです。
特に金融商品では、投資益を販売会社・運用会社と投資家とで、分割する構造があり、消費者が利益を高めるためには販売会社や運用会社の手数料が少ない商品を選ぶことが有利になる大きな条件です。
日本の金融庁では、「販売手数料等の高低のみで、その商品の良し悪しを評価するものではないが、販売会社においては、販売手数料等の水準が顧客に提供されるサービスの対価として見合ったものか否か、同種の金融商品においてより販売手数料等が低い商品が存在するにもかかわらず販売手数料等が高い方を販売・推奨等していないか」という率直な提言をレポートしています。

CPFは用途が限られているため、個人が自由には使えません。なので、「どうせ年とるまで使えないなら、積極投資にまわすか」という選択なのですが、元本保証で2.5%~5%がとれるのに、わざわざリスクを取りにいってCPFISをしている時点で、ファイナンシャル・リテラシーは本当に大丈夫な人なのか、ということがあるように私には見えます。積極投資をする原資は、CPF納付とは別の所から出せばいいのに、ということです。

投資型の保険に加入(所得控除あり)

間違いです。所得税控除がある保険は、投資型でない生命保険のみです。

CPFISに投資型保険 (ILP)の投資もあり、それへの誤認と思われます。

医療費の自己負担が6割程度

私立病院には政府補助はありません。そのため、請求金額が公立病院より高いこともあり、ミドルクラスで私立病院にかかるには、健康保険への支出を増やす必要があります。家計への負担は大きくなるため、公立病院とその保険を前提にするミドルクラスも一般的です。
公立病院外来では、専門医にかかるのに、補助が50%からです。公立病院入院では、国の補助金が1人部屋なし、4人部屋20%、6人部屋50~65%、8人部屋65~80%。日帰り手術では最大65%の補助を受けられます。
一般医での医療費補助に必要なCHAS加入資格は、世帯員の平均収入が月$1800(14万円)以下という所得制限があります。
いずれも国民の場合です。

つみたてNISAは、定期・定額での積立投資に限定した制度で、年間40万円までの投資枠に対し、その利益が20年間非課税となります。
シンガポール人も、税制の優遇を受けられる口座で運用をして、老後資金を作っています。

そもそも、シンガポールはキャピタルゲイン(資本利得)が非課税の国です。ですので、全ての口座が日本と比べると税制優遇です。
そのシンガポールの環境で、改めて「税制の優遇を受けられる口座」というと、記事にも記載があるSRS (Supplementary Retirement Scheme) があります。SRSでの優遇税制は、SRSで投資した額への所得税からの控除で、利益への税金が非課税になる日本の"積立NISA"とは違います。
また、税のメリットに制限が色々あるため、SRS口座開設数は2016年末でわずかに13万です。「シンガポール人も税制の優遇を受けられる口座で運用をして、老後資金を作っています」と言える数には程遠いです。

なぜシンガポール人は豊かなのか

記事のタイトルは「シンガポール人が日本人より超金持ちの理由」ですが、肝心の超金持ちの理由は記事では明示されていません。「世界一豊か」とも記載がありますが、一人当りGDPで、シンガポールはカタールやルクセンブルグなどに劣っていますが、なぜ「世界一」なのかも明示ありません。
私が過去に、シンガポールと日本の豊かさをGDPで比較した際に、シンガポールは日本に圧勝でも、シンガポールと東京都だとほぼ同じ一人あたりGDPとの結論でした。
uniunichan.hatenablog.com

私からは、シンガポールが豊かである理由として、フローとストックのそれぞれで

  • 共働き
  • 資産インフレ

の2つを指摘します。

フロー: 共稼ぎ

共稼ぎ率
日本47.6% (2015年)
シンガポール53.8% (2015年)

シンガポールは日本より7%ぐらいしか数字上では共働き率は高くないのです。ところが、シンガポールでは特に出産後もフルタイムで働く女性の比率が高いのです。これが、日本との家計の決定的な差になります。共稼ぎでないと食っていけない経済事情や、外国人住み込みメイドなどが早期職場復帰と共稼ぎを支えています。
uniunichan.hatenablog.com

その結果、

世帯収入中央値世帯収入平均
日本428万円545万8千円(2016年)
シンガポール864万円 (月S$9,023)1152万円 (月S$12,027)(2017年)

と世帯収入が、中央値で5割、平均値で倍以上、シンガポールに突き放されています。
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  • シンガポール統計局: Key Household Income Trends, 2017

ストック: 資産インフレ

もう一つが資産インフレです。シンガポール人は働きだして、結婚となると、真っ先に住宅(HDBと呼ばれる公団)の購入を予約します。シンガポールは、社会人になっても、結婚までは親と同居が一般的です。理由は、国土が小さすぎるので交通の便を理由に引っ越す理由がないことと、賃貸が高すぎることです。
家を買うのは、新しい家族のプライバシー確保に加えて、(少なくとも中長期では)不動産は絶対に上昇するという確信がシンガポールにはあるためです。不動産を買うと、買った値段より中古なのに高く売れるのが常識なのです。シンガポールの持ち家率の高さを支えています。日本のバブル時代のような考えが当地では一般的で、「持ち家 VS 賃貸」論争がある日本人の私からすると「大丈夫か」と不安になります。
シンガポールの不動産指数を掲載します。近年は、政府が過熱防止の為に印紙税を導入し上昇を無理矢理抑えていますが、時々ある経済クラッシュとアジア通貨危機後の低迷を除くと、基本的には右肩上がりです。
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かくして、シンガポールでは、収入を上げ、資産も貯まっていくのです。

海外記事の質を高めるために

フェイクニュースが取りざたされる昨今です。残念ですが、海外在住者から見ると、日本での海外記事には、分析や主張以前であるファクトへの真偽に疑問がつく記事を少なからず見かけます。私がこれまで検証してきた記事にも「シンガポール国立大学の学費は無料」や「日本が戦ってくれて感謝しています」というものがあります。「シンガポール国立大学の学費は無料」の記事も、東洋経済オンラインでした。
uniunichan.hatenablog.com
uniunichan.hatenablog.com

しかし残念ながら、検証記事は、そのきっかけとなった派手な記事と比べると、読まれる件数はわずかです。
「その国に住んでいるから」だけで記述が正しいとの根拠にならないのは、日本人が日本について書いても正しいとは限らないのと同様です。シンガポール在住者が書いたこの記事は、シンガポール関係者を驚かせています

今回の東洋経済の記事は事実誤認があります。また、花輪陽子氏の過去の他誌でのシンガポール記事でも、反響を呼んだものはあります(日経DUAL)(ダイヤモンド・ザイ)。改善には、

  • 信頼できる専門家を著者にする
  • それができなければ、せめて情報の出所を編集部が確認する

で達成できます。現地の英語文献にあたっている様子が見えません。花輪陽子氏の記事にはデータの出所記載がありません。「シンガポールの老齢者の月間平均支出は、30万円」と記事に書いてあれば、「ソースは?」と赤を入れて筆者につき返すのが編集の仕事のはずですが、本当に東洋経済オンラインは校閲を行っているのか、という疑問が起きます。
日本の編集部が海外事情が分からず内容を精査できないのは(百歩譲って)しょうがないとしても、せめて、記事の根拠となる出所は筆者に提出させる、でかなり改善できるはずです。
東洋経済オンラインがメディアの良心として、今回の記事への訂正・削除を行うことを、願っています。

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シンガポールで日本人が合法リモートワークをする3条件~フリーランスは不可~

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。
最近、日本人コミュニティで急速に広まっているのが「シンガポールに住んでいる外国人が、シンガポール国外と行うリモートワークは合法」というものです。
リモートワークの調査結果をまとめました。
結論から言うと、「シンガポールに住んで、海外とのリモートワークは可能」は特例への条件として不十分で、雇用主が必要です。業務委託契約のフリーランスや個人事業主や自営では就労許可が必要となるため、特例を利用できる日本人はまずいないでしょう

※注意:本記事では就労ビザの扱いを中心とします。税は記述の範囲としません。税については、下記リンクの提示にとどめます。

MOMへの問合せと回答

日本人コミュニティ内で広まっているのは、
「MOM(シンガポール労働省)サイトには書いていないが、個人的にMOMに問合せた所、シンガポール人の労働を奪うものでないから、リモートワークは行って良いとの回答を得た」
というものです。これが本当なら、従来は永住権保持者PRであるか、シンガポールに法人を設立して就労ビザ(EP/S Pass)か、DP(扶養ビザ)ならLOC取得がリモートワークには必要と考えられていたのと比べると、劇的な緩和です。
「公開されていない」「個別に問合せると特例をコソッと教えてもらえる」というのがミソです。書かれていないことは証明できないために、不正確な内容が広まっています。
MOMに私が問い合わせをしました。MOMへの問合せは、下記から誰でも行えます。

MOMからの回答を訳します。

EPとS Passホルダーはシンガポール登記企業からジョブオファーが必要で、各就労ビザの基準を満たす必要があります。一般的に、EPとS Passをスポンサーする雇用主のためにのみ、働くことが許されており、収入を増やす追加での仕事は許可されていません。
一方、DPは、EPとS Pass保持者の家族が、シンガポールに同行することができるようにするものです。
DP保持者は、下記条件を全て満たせば、就労ビザ(work pass)なしにリモートワークをすることができます。

  • DP保持者は海外企業に勤務し、自宅から働くこと。かつ、
  • 海外企業はシンガポールに(現地法人などの)存在がないこと。かつ、
  • DP保持者は、シンガポールで顧客に会ってはいけないし、サービスを提供してもいけない。

MOMが提示した3条件の英語原文やさらなる問合せには、上記MOM窓口に直接問い合わせ下さい。

シンガポールで外国人が合法にリモートワークを行うDP特例3条件

EPとS Passは、副業ができません。シンガポールでの就労には、EP/S Pass/LOCなどの就労許可が勤務先ごとに必要ですが、同一人物に複数の就労許可は原則として現在は発行されていません(例外: EP所持者の関連会社でのディレクター)。ですので、EPとS Pass所持者は、就労ビザ申請時に認められた勤務先とは別に、リモートワークの副業はできません。就労許可無しにリモートワークを行えるのは、DPのみの"特例"です。

MOM回答を補足します。
リモートワークとは、「シンガポール以外の外国企業と雇用関係があり、シンガポールで業務を行うが、外国にたいしてサービス提供されるもの」ということになります。
(1) DP所持者は海外企業に勤務し、自宅から働くこと。
MOM原文では working for an overseas company であり、フリーランスや個人事業主や自営ではできませんwork forは雇用関係 (employment) を意味する言葉であり、「Xのために働く」は不正確です。在日本企業との雇用契約では、労働時間次第で各種社会保険(健康保険・年金など)を受けることになります。
また、オフィスを借りられず、知人宅・カフェなどのシンガポール内の出先で仕事ができません。自宅をオフィスとして使うことになるので、URAへの登録が必須です。

(2) 海外企業はシンガポールに(現地法人などの)存在がないこと。
リモートワークであっても、シンガポールに登記されている法人がある企業への勤務は、できません。該当シンガポール法人に正規に雇用されて就労許可をとるように、という意味です。例えば、シンガポールに現地法人があるパナソニックには、日本法人へのリモートワークであってもDP特例は適応できません。シンガポールのパナソニック現地法人から就労ビザを得て、日本法人業務をすることになります。
(3) DP所持者は、シンガポールで顧客に会ってはいけないし、サービスを提供してもいけない。
"製品"の提供はリモートワークでは不可能なので、"サービス"とのみ書かれています。自宅でしか仕事ができないのだから、国内で人に会えませんし、たとえ職場として登録した自宅への訪問を受けても業務で人に会えません。対面だけでなく、電話・スカイプなどビデオ通話も含め、シンガポール在住顧客や見込み顧客、およびシンガポール旅行中の顧客および見込み顧客と会うのは避けましょう。在シンガポールの法人・団体・個人にサービスを提供するなら、それはもはやリモートワークではない、という意味です。

具体的に可能なリモートワークには、

  • IT開発
  • マーケティング
  • デザイナー

などが想定されます。たとえば、夫がシンガポールに駐在し、妻がDPで帯同する。妻はウェブデザイナーとして日本での雇用を継続し、シンガポールから日本に対して就労ビザなしでサービス提供することが許されるということになります。
つまり、フリーランスや個人事業主や自営にDP特例適応が認められておらず、雇用契約が必要になるため、実際に利用可能な人はまずいない、ということです。現実的に、今の日本でリモートワークですら活用は限定的であり、海外在住者にリモートワークでの雇用を認める勤務先を探すのは、相当困難でしょう。
ランサーズ、クラウドワークス、oDeskなどで見つけたリモートワークは、まずDP特例3条件を満たしません。業務委託契約であり、雇用契約が無いからです。

違法就労は止めましょう

リモートワークでの違法就労例

今回、調査して、この記事を書いた2つの理由は、「リモートワークは合法」と主張する人が出てきたことと、「リモートワークは合法と主張した上で、MOMが認めている範囲を超えて、違法就労をしている人がいること」です。下記はDPリモートワークでの違法就労例です。

  • 有償オンラインサロンや、広告収入があるブログなどのネット運営は、できません。 (雇用関係が必要)
  • 雇用契約がないウェブメディア・雑誌への記事提供はできません。(例:PVに比例した報酬を受け取る「Yahoo!ニュース 個人」、原稿料を支払う東洋経済オンラインなど)
  • シンガポールに現地法人がある日経への記事提供はできません。(現地法人から就労ビザの取得が必要)
  • シンガポールのセミナーにパネリスト等として参加することはできません。 (顧客対面の禁止)
  • DPでないEPやS Passが、ビザ取得勤務先以外の業務をリモートワークで行うことはできません。(副業禁止)

「リモートワークの可否をMOMに問合せた所、問題ないと言われた」と主張している人であれば、私と同じ3条件の回答を得ているはずです。それにもかかわらず、違法就労を行っているのであれば、MOMから得たDP特例3条件を誤解しているか、MOM見解が非公開であるために強弁しているかの、どちらかでしょう。

DP特例3条件を丹念に読む

DP特例3条件を読むと「こうすれば合法リモートワークとしてできるのではないか」と気づくことがあります。例えば、

  • 顧客をシンガポール国外居住者に限定すれば、有償オンラインサロンや有償購読サイト運営は可能では?

などです。
上記をMOMに追加で問い合わせました。結論は「(リモートワークではなく)個人事業主にあたり、不可。就労許可をとれ」というものでした。これは、DP特例3条件の(1)での「リモートワークには海外雇用主が必要(フリーランスは不可)」という内容にも合致します。MOMからの回答を訳します。

ビジネスオーナーとして自営を希望するDP所持者にとって、申請すべき正規の就労パスはアントレパスです。アントレパスは、シンガポールでビジネスを運営することを希望する外国人のためにデザインされています。
ビジネスの登記の前に、DP所持者はアントレパスを申請することをアドバイスします。ビジネスの登記ができても、アントレパスの付与を保証するものではないからだ。
アントレパスの情報には、下記リンクを参照して下さい。 http://www.mom.gov.sg/passes-and-permits/entrepass

MOMに新規企業設立でのビザを問い合わせると、EPではなくアントレパス取得を回答されることがあります。「政府認定ベンチャーキャピタルから投資を受けていること」などアントレパスのほうが、大半の人にはEPより条件が厳しいです。現在、アントレパスで滞在している日本人を私は知りません。いずれにせよ、EPやLOC取得ができないのが理由で、DP特例利用を検討している人の選択肢にはならないです。
以上から、趣味の範囲を超えて、アフィリエイト報酬や顧客からの食事・試供品など物品・サービス提供があり就労とみなされるブロガーも、リモートワークではなく個人事業主のため、DP特例3条件ではできません

他の合法化には、誰もが思いつくであろう、フリーランスの業務委託契約ではなく、「実際は案件単位でも、契約社員としてこまめに有期契約を繰り返す」ことで雇用契約に見せかけることは、止めましょう。たとえこういうリスク有る雇用契約を受け入れる企業があったとしても、契約社員との主張に必要な勤怠管理の証明が困難だからです。勤怠管理を整えてまで契約社員と主張するのであれば、MOMとの紛争を覚悟して下さい。また、日本などで自分で法人を設立して、そことの雇用関係を主張するのも、実態がフリーランスなので、MOMとの紛争を覚悟して下さい。シンガポールの就労許可で、最終判断はMOMです

シンガポールでは報酬なしでも労働にあたる

シンガポールでは、報酬がなくても、趣味・ボランティアではなく、労働と判断される行為があります。代表例は、インターンシップです。シンガポールではインターンシップを含む無償労働にも、外国人は就労ビザ取得が必要です。就労でなく趣味とみなされるためには、報酬が無いことが最低限必要になります。
報酬があれば労働と判断されます。報酬には、金銭以外でも、食事・物品(試供品)提供・サービス(タダ券・割引券・旅行・移動手段)供与が含まれます。
詳細は下記を参照下さい。
uniunichan.hatenablog.com

非公開のDP特例3条件

最後に、念の為ですが付記します。
リモートワークのDP特例3条件はMOMサイトに提示されていません。利用可能者があまりに少ないとしても、情報公開が徹底しているシンガポールでは異例です。
非開示ということは、MOMが予告なく改変・撤廃する可能性があるということです。
リモートワークを検討しているDP保持者は、開始前と、開始後も定期的にMOMにご自身で確認して下さい。


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シンガポールで扶養家族ビザDPで合法にフリーランスをする条件 ~LOCスポンサー企業で可能の真偽~

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。2012年から書き続けている違法就労についてです。手を変え品を変え、微妙にずらした話がポコポコ湧き上がるので、そのフォロー記事になります。

日本人にとりシンガポールは外国です。外国人の入国は権利ではなく入国管理局の許可に基づきますし、入国後の外国での就労には就労許可が必要です。「外国でカネを稼ぐには現地就労許可がいる」というのは海外居住者にとり常識であるべきですが、常識になっていないない人も、聞いたことはあっても気にしない人もいるのが現状です。
シンガポールでは、就労ビザで働く人の家族に、扶養ビザのDP (Dependent's Pass)が提供されます。DPが出る大まかな条件は下記です。
■DP発行資格

  • EPかS Passの法的な妻、未婚でかつ21歳以下の子ども
  • EPかS Passの月額固定給与が$6,000以上
  • EPかS Passの勤務先がスポンサーになること
  • MOM: Eligibility for Dependant's Pass

上記は足切りラインです。上記を満たしていても、DPが発行されないことがあります。月額給与が最低額に近い際や、勤務先のシンガポール人雇用比率が小さい際にそうなる可能性が高まります。

シンガポールでの外国人のフリーランス・自営

そのシンガポールにおいて、日本人の扶養家族でDP保持者が、"自己実現"や"お小遣い稼ぎ"のためにあの手この手でフリーランスをしようとする試みがあります。よくあるフリーランスは下記です。

  • お教室、お稽古 (音楽、料理、工芸、スポーツなど)
  • ネイルサロン
  • 旅行ガイド、旅行企画
  • 家庭教師、幼児教育、セミナー講師
  • ライター、ブロガー

セミナー講師については、ビザなし入国者はMOMへの申請だけで可能です。しかし、DPはこの規定を利用できません。

シンガポールでの労働には、就労許可が必要です。また、シンガポールでは、報酬が発生すれば確実に労働ですが、報酬が発生しなくとも労働と認定されることがあります。報酬が発生しない労働の例はインターンシップです。報酬は現金以外にも、物品・サービス・食事・試供品・旅行・交通手段などが含まれます。
その一方、趣味・ボランティアであれば、就労では当然ないので、就労許可は不要です。
uniunichan.hatenablog.com

DPの就労許可、LOC

DP所持者は就労許可が簡単におります。DPの就労許可はLOC (Letter of Consent)と呼ばれ、就労先が申請します。
シンガポールで最も取得容易な就労許可です。他の就労ビザであれば必要な、最低賃金の規定もありません。S PassやWork Permitで必要な雇用税もありません。申請費用が無料という小さな特典もあります。それだけの自由度を持つLOCにも条件があります。LOCには雇用主が必要だということです。つまり、自営・フリーランスにはLOCは発行されません。LOCの発行資格は下記です。

■LOC発行資格

  • EPがスポンサーになっているDPのみ ※S PassがスポンサーになっているDPではLOCは対象外
  • DPの有効期限が3ヶ月以上
  • 雇用主が必要※MOMは"you must have a job offer with a Singapore employer"と明記。
  • 少数の職種制限あり ※MOMの説明と具体例は「ダンスホステスのような不快な職業は不可」
  • シンガポール労働省 MOM: Eligibility for Letter of Consent

10年ほど前までは、自営・フリーランスにもLOCが発行されていた時期がありました。外国人就労への国民からの風当たりが強くなり、就労資格の運用が厳格され、最近では自営・フリーランスにはLOCは発行されません。時折、「私はLOCを取得している」と主張するDPのフリーランスがいますが、実際に真っ当な方法で取得したLOCを提示できる人に私は会ったことありません。よくあるのが下記です。

  • 本当はLOCを取得していない。 (これが大半)
  • 「自分の業務に就労許可は不要だから、就労許可を持っている」と主張している。 (謎ロジックですが、います。本当はLOCを取得していない人が追求されると、こう強弁する人がいるのです)
  • LOCを虚偽申告で取得した。 (虚偽申告をした認識が有る人と、無い人がいます)

DPであったとしても、資本金を積んで会社設立し、DPからEPに切り替えるのが自営・フリーランスへの正攻法であり、事実上唯一の道です。DPだからといって、就労許可が簡単にとれる方法は、自営・フリーランスにはありません

LOCスポンサー企業を見つければ、実質フリーランス活動が可能?!という噂の真偽

しかしながら、資本金を積む体力がない自営・フリーランス希望者は多くいます。またたとえ、EPが出たとしても、少額の資本金では有効期限は1年であることが多く、最近はその間に黒字化を達成していないと、1年後のEP更新は困難です。そのため、EP取得以外での自営・フリーランスを目指す人は、いまだに後を絶ちません。

自営・フリーランスを目指す人の中で、最近広まっているのは「LOCスポンサー企業を見つければ、実質フリーランス活動が可能」というものです。スポンサー企業とは、雇用主としてLOC発行を申請してくれる名前貸し企業のことです。LOCは、S PassやWork Permitと違って外国人枠の制限外のため、そこだけを見るとスポンサー企業にデメリットはなさそうなのがミソです。
実質的に雇用関係がないならLOCの不正取得なのですが、形式上でも不正申請がこの取得方法では実は避けられません。ですので脱法ですらなく、違法です。以下に抵触するためです。
(1) LOC申請時の住所で業務をする必要がある
(2) LOC申請時の基本月給を毎月満たす必要がある
(3) フリーランス活動の会計と、スポンサー企業の会計を統合するのはまず不可能

(1) LOC申請時の住所で業務をする必要がある

LOC申請にあたって幾つかの住所を届け出る必要があります。LOC所持者の住所、雇用主の住所、そして業務を行う住所です。雇用主の住所と、業務を行う住所が異なっている場合は、MOMのチェック対象です。ここでチェックされるのは、事業がアウトソースや派遣であるかどうかです。単に、シンガポールに幾つか事業所があって、本社と工場のように住所が異なる場合には、問題ありません。契約企業先に勤務になるアウトソース(請負や業務委託)も大丈夫です。ですが、シンガポールで外国人の派遣には、就労許可が原則おりません。派遣で働けるのは、国民と永住者PRです。(ごく一部の季節要因がある業態では派遣が認められていますが例外です) 外国人を雇うなら直接雇用しろ、という意味です。
※派遣とアウトソースの違いは、指揮命令が雇用主にあるか(アウトソース)、顧客企業にあるか(派遣)です。

フリーランス希望のDPは、LOCの"スポンサー企業"と同じ事業所(住所)で業務をしないはずです。自宅、教室会場、生徒宅でしょう。スポンサー企業の住所と異なる、自分の業務場所を正直に申請すると、アウトソースであるとの確認が入り、応じられないのでLOCは却下されます。"スポンサー企業"の住所を業務場所としてMOMに申告すると、虚偽申告になります。

(2) LOC申請時の基本月給を毎月満たす必要がある

シンガポール労働省MOMにLOC申請時に行った基本月給を、満たす必要が毎月あります。
ここで仮に月$2,000を基本月給として申請したとします。毎月の給与はDPのフリーランス活動から捻出します。たとえ、その月の利益がMOM申請金額を下回っていたとしてもです。DPフリーランス活動での利益が、MOM申請金額を下回っていると、"スポンサー企業"が身銭を切ってDPに申請給与を支払う必要があります。
これは、売上不調時のみでなく、日本への長期一時帰国時といった休暇時も含みます。シンガポールで外国人(EP/S Pass/WP/LOC)が休職するには、勤務先がMOM申請基本月給を支払い続ける必要があり、休職も解決策になりません。またスポンサー企業は、全従業員に労災(Work Injury Compensation Act (WICA) )の提供も必要になります。また、月給S$2,500以下で基本月給を申請すると、雇用法Employment Actの対象になります。残業代・有給・疾病休暇の支給が必要になります。
スポンサー企業"はこれらの認識も覚悟もないはずです。これを理解していれば"スポンサー"を受けないはずです。

(3) フリーランス活動の会計と、スポンサー企業の会計を統合するのはまず不可能

上記(1)での基本月給を支払う、というのは具体的にはどう支払うのでしょうか?自分の事業の売上を自分に支払う、では不正確です。自分の事業の売上を、スポンサー企業の会計に取り込んで、スポンサー企業が自分に基本月給を毎月支払う必要があります。基本月給は、毎月、絶対に支払うのが義務です。

"スポンサー企業"と真っ当な会計処理は可能か?

毎月、基本月給を払う真っ当な会計処理をするには以下の方法が考えられます。
A. スポンサー企業が基本月給を払うリスクに同意する
B. フリーランスがスポンサー企業に資本金を出資する
A.は、スポンサー企業は「(好意あるいは何らかのフィーで)名義を貸している」程度の認識しかないのに、自分が損をするリスクを負うことに同意する企業はないでしょう。この時点で破綻します。
B.は、リアリティはないのですが、理論上は不可能ではないです。例えば、基本月給$2,000で申請したので、1年間分の活動費の意味で、$24,000を資本金として出資するということです。LOCはダイレクターに規定上ダイレクターになれない(ならない)ですが、出資ですのでDPは株主になります。スポンサー企業が利益を上げれば株主配当も受けます。単に名前を貸しているだけなのに、面倒な出資手続きを行い、共同出資者になることを想定しているスポンサー企業はないでしょう。また、フリーランスとしても、それだけのまとまった資金を出せないから、真っ当な企業設立での就労ビザ取得ではなく、フリーランスを取りたいのに、満たせる人は少数でしょう。

なお、出資を回避するよくある手段は「自分・親族・知人への"コンサル費用"として入金があったことにして、そこから自分の基本月給を捻出する」(自分から自分への支払いになるので、プラスマイナスゼロで負担がなく帳簿上の数字で済む)というものですが、存在しない行為での売上水増しは典型的な不正会計なので、止めましょう。

違法フリーランスの見分け方

「違法就労には関わりたくない」「違法就労の支援をしたくない」というのはもっともな感情です。違法フリーランスの見分け方です。
1. 法人を確認する
領収書から法人名を知ります。シンガポールに登記されている法人はBizFileで確認できます。
領収書に法人名がなければ、法人成りをしていない個人事業ということです。日本人で法人成りをしていない個人事業主として活動可能なのはPRです。外国人の就労許可は法人と紐付いており、法人名がなければPR以外は違法就労です。
2. 就労許可を確認する
法人名を確認できれば、次に就労許可の確認になります。PRかEPかLOCかになります。DPとS Passは役員にはなれません
PRかEPであればIC (Identity Card: シンガポールの身分証) を確認しましょう。EPには、ICの勤務先が領収書の法人名と一致しているか確認しましょう。EPは、1社目と株式関係にある関連企業の役員(director)に限っては、副業(複数社の兼業)が可能で、その場合にはLOCをMOMが発行します。
LOCはICで確認できないので、LOCの閲覧が必要になります。
3. 職業資格を確認する
例えば、旅行ガイドには就労ビザとは別の業務ライセンスが必要です。
4. URA登録
業務の提供が自宅であれば、URAに自宅への登録がされている必要があります。URA登録を請求しましょう。

上記全てをフリーランスに問い合わせ、回答を得ることは現実的ではないでしょう。できてICの確認ぐらいまででしょう。現実的な対応としては、DPで滞在している人のフリーランス・自営活動には関わらないことです。
EPを取得していないDPでのフリーランス・自営は、まず違法就労です。私は合法に就労されているフリーランス・自営のDPにお会いしたことはありません。

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「シンガポールの外国人家政婦、60%が雇用主から搾取被害」という調査への政府反応

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。
以前、シンガポールの住み込み外国人家政婦の記事を書きました。外国人家政婦は、一般的にメイドと当地で呼ばれています。
uniunichan.hatenablog.com

2017年11月に、メイドの労働環境をめぐって、オーストラリアの民間コンサルティング機関「リサーチ・アクロス・ボーダーズ」が「約60%は雇用主に搾取されている」との調査報告を発表し、CNNなども取り上げました。

パヤレバ駅、シティプラザモール、ラッキープラザモールでのフィリピン人とインドネシア人の735人が調査対象です。フィリピンの言語であるタガログと、インドネシアのバハサを使い、2015年9月に調査が行われています。調査対象になったメイドから51人と、80人の雇用主が、詳細なインタビューの対象になりました。

レポートの要約

レポートのエグゼクティブ・サマリーから主要部分を抜粋します。

  • 33%のメイドは、国際労働機関 (ILO) 基準で問題がなかった。
  • 60%のメイドは搾取と特定される。そのうち23%は強制労働 (forced labour) の被害者と特定される。10%は、嘘や強制による人身売買と特定される。
  • シンガポールには24万3千人のメイドがいるため、14万5千人が搾取下にあると推定される。そのうち、5万5千人は強制労働の被害者で、2万4千人は人身売買である。
  • 搾取の特徴は、シンガポールの法律で日用生活品や食事は雇用主が提供すべきだが、それらが提供されないことだ。
  • メイド雇用主とシンガポール政府の間に加えて、雇用主、メイドの母国の斡旋業者、シンガポールの雇用主の斡旋業者とメイドとの間に、経済的な従属が存在する。様々な借金での拘束があることで、メイドの給料から借金から天引きされ、母国での平均給与より低い経済的な苦境に陥る。
  • メイド搾取の緩和の提案: メイド雇用主の67%は(現状の住み込みでなく)通いでの選択肢にポジティブだった。また、雇用主の政府へのメイド雇用保証金と、メイドの仕事を超えた責任を雇用主が認識している関連性があり、雇用保証金を廃止すること。

※筆者注:シンガポールの斡旋業者の費用は雇用主が払い、メイド母国での斡旋業者の費用はメイドが払うのが、シンガポールでの慣行です。母国での斡旋業者に支払いが存在する際には、雇用主が建て替えて、数ヶ月間の給与はほぼ無給になります。母国での斡旋業者への支払い総額は法律で2ヶ月が最大です。シンガポール行きの渡航費などを含めると、無給期間が半年に及ぶこともあります。天引きがある期間は、当然に、母国の平均給与より給与が安くなり、レポートはそれを指摘しています。

CNN日本語版の誤訳

CNNの記事には、

  1. 誤訳 (英文記事から日本語記事に翻訳した際に誤りが発生)
  2. 事実誤認 (英文記事時点で間違いが発生しており、日本語記事にも誤りが継続している)
  3. 補足説明 (記事の事実関係は正しいが、情報不足のため誤解を招く可能性がある)

への言及が必要です。
CNN日本語版は、CNN英語版を訳したものですが、誤訳が含まれています。英日両文を併記し、訂正します。

調査対象者の平均月収は381ドル(約4万2000円)。食費や家賃が含まれていることが多く、これらを差し引くと158ドルしか残らない。平均的なシンガポール人の月収は2013年のデータで3694ドルなので、家政婦はその1割程度しかない。
According to the report's findings, the average monthly income of the workers interviewed was $381 (S$515) a month, often including meals and board, reduced to a net income of $158 (S$225) if they send money home to their families.

CNN英文記事の訳には以下が適切なはずです。
「調査結果によると、家政婦の平均月収は381米ドル(515シンガポールドル)であり、しばしばこの金額には食事や住居が含まれている。家族に仕送りを行っている場合には、手元に残るのは158米ドル(225シンガポールドル)になる。」
CNN日本語訳では、額面給与と手元に残る給与の差分は、(仕送りではなく)食費や家賃の支払いと誤って書かれており、全く意味合いが変わり致命的な誤訳になっています。

この誤訳を招いた原因としては、CNN英語版にある下記の記述を、まとめて書いたためと思われますが、誤訳は誤訳です。
More than a third of domestic workers were also forced to pay for necessities, such as food and soap, despite government guidelines saying they were not supposed to be. (私の訳をつけます 「家政婦の1/3以上が、食事や石鹸のような生活必需品を払うように強いられているが、政府ガイドラインでは払わせるべきでないことになっている」)

上記内容に補足説明をします。シンガポールの制度でメイドは、衣食住・医療費・外国人雇用税は、全て雇用主負担です。そのため、雇用主がメイドに支払う給料は、全額がメイドの手取りになります。ですので、問題になるのは、「本来支払う必要がない日常生活品などの支出を強いられているメイドが、どれだけの割合いて、どれだけの金額を支払っているか」になるはずですが、そこにはCNNでは言及ありません。

2013年にシンガポールの平均収入は3,694米ドルとのことですが、収入統計は平均値より中央値が好ましいです。平均値を使うと一部富裕層が押し上げるため実態との乖離が大きくなるためです。また、出所がILOですが、シンガポール政府が中央値の給与を発表しています。2013年は3,705シンガポールドル(2,962米ドル)、最新の2017年は4,232シンガポールドル(3,066米ドル)です。

CNN英語版での事実誤認

CNN記事には事実誤認が含まれています。CNN英語版の記事から事実誤認があるため、日本語記事にも誤った内容で訳されています。

フィリピンやインドネシア出身の若い女性らが住み込みで家事や子どもの世話をする仕事に就いている (略)
当局に登録されている外国人家政婦の人数はアジアで香港が最も多く、シンガポールは第2位。同国では3世帯に1世帯が家政婦を雇っている計算だ。家政婦は労働人口の17%を占める。
In Asia, Singapore is second only to Hong Kong for having the largest number of documented foreign domestic workers employed in their country, typically young women from Indonesia and the Philippines.
Domestic workers make up 17% of Singapore's total workforce, according to the report, with an estimated one in three households relying on them for housekeeping and caring duties.

シンガポールでメイド用の就労ビザの発給は、2017年6月時点で24万3千です。

シンガポール総労働者数は367万人です(2016年)。つまり、メイドは労働人口の(17%ではなく)7%です。

17%というのは、総労働人口ではなく、(永住者を除く)外国人労働者数137万人に対するメイドの割合です。

シンガポールの総世帯数は126万(2016年)。メイドを複数人雇用している家庭もありますが、1世帯1人と仮定します。すると、メイドの雇用世帯は約20%であって、(記事に記載の3世帯に1世帯ではなく)5世帯に1世帯の雇用率となります。

なお、「若い女性」と書いていますが、20歳代前半で未婚のメイドは多くありません。メイド用のビザは23歳以上であれば発給対象です。ですが、メイドは育児を中心に、家事・介護が必要な家庭で雇用されているためです。育児目的には、自分の子育て経験がない未婚女性は、避けられます。また、不要なトラブルを避けるために、家庭内に独身女性がいることを避けたい傾向が後押しします。雇用主の留守中に「メイドが恋人を連れ込んで」というのは、悪評の一つです。

CNN英語版への補足説明

記述は事実なのですが、情報が不完全のため、誤解が生じる可能性があるものに、捕捉説明をします。

対象者の3分の1は、家族で唯一の稼ぎ手だったという。働いて仕送りしなければ、家族が食べていけない状況だ。
"These women mainly endure these situations out of economic stresses ... in one third of the cases in our study, the worker was the only bread winner in their family, which means if they do not work and send money back home, they will threaten the survival of their family," she said.

シンガポールでメイドのビザの性別は女性に限定されています。つまり、CNNの記述が正しければ、「夫が働けない、働いていない、夫がいない家庭」が1/3も占めている、ということです。これは極めて高い数値です。夫が病気・怪我などの事情で働けない、離婚や死別で夫がいない、というのが少なからず含まれているのでしょうが、それより「夫に勤労意欲がない」「夫に仕事がない」家庭が日本人の一般感覚より多いことが想定されます。メイドが母国の働かない家族に仕送りを続けるのも、よく聞く話の一つです。

最低賃金の規定はなく、労働時間の指針は「妥当な仕事量」に抑えるとの表現にとどまっている。
Unlike Hong Kong, Singapore doesn't guarantee a minimum wage for maids and guidelines on working hours only call for a "reasonable workload."

家事労働で問題になるのは、拘束時間と実労働時間の乖離です。
例えば、メイドが朝6時に起床し、朝食作りから始まり、昼は掃除洗濯、子どもの世話や遊び相手になり、夜は晩御飯の片付けまでして、午後8時に労働終了すると、拘束時間は14時間にもなります。しかし、特に昼間に働き通しであることは考えにくいです。実労働時間は14時間の半分もないでしょう。
シンガポールではこの乖離の大きさを理由の一つに、「妥当な仕事量」に抑えるとの内容になっています。日本でも家事使用人は労働基準法の適用外です。
しかしながら、家事労働であっても、その"特殊性"を考慮せず、他の労働と同じように拘束時間で測られるべきという風潮に世界は向かいつつあります。日本でもシンガポールでも、通いの家政婦・メイドであれば、拘束時間に対して支払われるのが一般的です。


以上のように、今回のCNN記事は、シンガポールの環境へも、家政婦へも、理解不十分で書かれているという前提で読んで下さい。

シンガポール国内報道

シンガポールは、言論の自由に制限があります。国境なき記者団が発表している「2018年世界報道自由度ランキング」では、シンガポールは180カ国中151位となっています。
しかしながら、これは居住民である私の感覚では「そこまでひどくない」「相対比較でもっとひどい国は多くある」というものです。シンガポールは英語圏なので、海外報道に触れるのが容易ということもありますが、それだけではありません。シンガポールに住んでいると政府に都合が悪い内容も国内で報道されていることを、しばしば目にします。言論の自由への制限の目的は、多民族・宗教へのヘイトスピーチでの民族紛争を避けることが、名目だからです。とはいっても、その延長で政府批判へのメディアの自己検閲や、民事であっても破産に追い込まれる政治家からの多額の名誉毀損訴訟もあります。

今回の「リサーチ・アクロス・ボーダーズ」の調査については、最大手新聞のストレイツ・タイムズは私には見つけられませんでしたが、テレビ局のチャネル・ニュース・アジア (CNA) が「シンガポールのメイドの10人中6人が搾取されている」というタイトルで、粗悪な住環境・長時間労働、給与の控除、暴力について、報道しています。

シンガポール政府の反応

「メイドの大半は雇用主に搾取されており、5人に1人以上が強制労働を強いられている」との調査結果を、シンガポール労働省 (MOM) は酷評しました。シンガポール最有力紙ストレイツ・タイムズなどが報道しています。

シンガポールのメイド雇用において誤解されやすい状況を描いており、労働搾取の単純化しすぎた解釈をとっていると、政府は反論しています。
リサーチ・アクロス・ボーダーズの結論は、「奴隷労働が体系的に可能になっている」としており、これは国連の専門機関である国際労働機関 ILO が定義した搾取と強制労働の定義によるとしています。ILO定義では、労働と生活の過酷な環境の組み合わが搾取となると調査は延べています。働かなかったことへの罰や、他の形態でも抑圧が雇用主からあれば、強制労働と位置づけられます。10%のメイドは、仕事を見つける過程において、騙されたか強制されたかで、人身売買と特定されるとリサーチ・アクロス・ボーダーズは主張しています。
しかし、シンガポール労働省 MOM は「指標を解釈する際に、メイドの特有の性質が考慮されていない」と調査が指摘している搾取に同意していません。例として、メイドの仕事と個人の時間を分けることが容易ではないことをあげています。メイドに家の鍵を与えず、家を離れるのに許可を必要とするものは、「隔離」や「監禁」と考えるべきではないとシンガポール労働省は言っています。
リサーチ・アクロス・ボーダーズの研究員は、シンガポール労働省の指摘であるメイドの仕事の独自性を認めてはいますが、その独自性こそが「問題の本質」だと論じています。仕事と私生活の線引が曖昧だからです。メイドが脆弱なのは、シンガポールでのメイドの労働環境の体系的な性質と、労働規制と法律保護が不適切であることを意味していると、レポートは描いています。また、メイドと雇用主との間での力関係が極めて不公平であるとも述べています。外国人人材雇用法(EFMA)の対象ですが、雇用法 (EA) ではメイドが除外されていることを加えています。シンガポールに来る際に抱えるメイドの借金が、給料から天引きされることが、「母国の平均給与より低い平均給与に、メイドを深刻な経済困窮におく」と結論づけています。
シンガポール労働省の反論は、「外国人人材雇用法(EFMA)において、給与の即時払い、食事の提供、休日か休日への補償、住居、威容、安全な労働環境の提供がメイドに保証されている。」「これらは法律であってガイドラインではない。法に違反した場合には、罰金・禁固また将来のメイド雇用の禁止になりうる」というものです。雇用主がメイドに罪を犯せば、通常より1.5倍に罰則が強化される内容が、シンガポールの刑法にあります。
また、2015年にメイド千人に対しておこなった調査結果で、97%がシンガポールでの労働に満足しており、同じ割合の人が労働負荷は適切かもっと働けるというものだったと、シンガポール労働省は引用しています。リサーチ・アクロス・ボーダーズの調査結果は、メイド関連の他のボランティア福祉団体の経験とも相違があるためです。the Centre for Domestic Employeesが行った予備調査結果では、「メイドの85%以上が、シンガポールで働くことに、安全で、信頼でき、自信がある」と判明しています。同率のメイドが、シンガポールの法律は「公平で、虐待に取り組むのに十分に堅牢」と思っています。正式な調査結果は、2018年に公表されます。
別のメイド支援団体FASTも、自分達の経験と異なるので「困惑している」と語ります。FASTでは月に170件の電話問合せを受けていますが、内訳は、仕事の負荷は10%のみで、他が40%が海外シンガポールへの適応困難について、20%は契約や給与問題で、残りが雑多な問合せとのことです。FASTは、調査対象がフィリピンとインドネシアであって、ミャンマーのような他の国が対象になっていないことを指摘しています。

シンガポールとリサーチ団体での論点整理

論争で整理すべきは、

  • 事実の認識不一致
  • メソドロジーの適切さ
  • 解釈の妥当性

です。今回の件に当てはめると、シンガポール主張とのギャップは下記のようになります。

  • 事実の認識不一致: ミャンマー人メイドが調査対象から欠落。
  • メソドロジーの適切さ: 政府調査結果との差異。ILO基準への異議(例: 雇用主の家の鍵の所有)。
  • 解釈の妥当性: 法律の整備と実際の運用状況の差異(例: 日用品の自腹購入)。


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シンガポール開催の米朝会談で逮捕・警告を受けた人たち ~16億円の開催費負担はペイしたのか~

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シンガポールで米朝会談が6月12日に開催されました。会談の内容、意義も含め、報道が溢れています。シンガポールウォッチャーの私からは視点を変えて、米朝会談に関係して逮捕や警告を受けた人たちを一部とりあげて「国家レベルでのイベントオペレーション」と、「シンガポール国民にとっての開催意義」を考えてみます。

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※トランプ大統領が宿泊したシャングリラ・ホテル。2016年、筆者撮影。

米朝会談で逮捕・警告を受けた人たち

金正恩氏そっくりさん ハワードX氏

まずは、世界的に最も報道された警告です。
金正日そっくりさんとして有名なハワードX氏(オーストラリア在住香港人)が、シンガポール入国時に2時間聴取を受け、警告を受けています。政治的な意見があるか、他国での抗議活動の有無を聞かれ「特別行事の場所に近づかないように」と警告されています。

その後、トランプそっくりさんと共催したセルフィーイベントが、シンガポールで盛況に行われ、こちらも世界中のマスコミが報道しました。米朝会談にうってつけの前座となっています。

北朝鮮大使邸に不法侵入した韓国マスコミ

警察は電話で通報を受けました。韓国放送公社 (KBS) 従業員の韓国人2人を、北朝鮮大使の住居への不法侵入で逮捕、国外追放処分となっています。2人はシンガポール政府の取材許可証を得ていませんでした。KBSは放送で公式に謝罪を行っています。

韓国人拉致被害者家族

1960年に北朝鮮に父が拉致された韓国人女性(69歳)が、米朝会談会場のカペラ ホテル周辺で、父の帰りを訴えて、横断幕を広げて抗議活動をしました。警察は2人に退去するように求めました。

韓国人女性5人組

金正恩氏がマリーナ・ベイ・サンズに出かける際に、韓国人女性5人が、複数回の退去警告に従わず、金正恩氏宿泊のセントレジス近くで逮捕されました。女性たちは警官との乱闘になり、逮捕に抵抗し、韓国語で叫んでいます。
同日早くに、会談会場のカペラ近くで横断幕を広げ、トランプ大統領宿泊のシャングリラ近くで抗議のプラカードを持っていました。警察は退去を警告していました。
この女性たちは国外追放になっています。

日本で朝鮮書籍専門店を運営する日本人

セントレジス近くで、北朝鮮関連書店を日本で営む日本人が、北朝鮮書籍を販売のため路上で陳列していました。警察にID確認を求められ持ち物検査を受け、その場を去りました。

ドイツ語を話す男性記者

カペラの前でシャトルバスが停車し、記者100人のホテル入り口への視界をふさぎました。ドイツ語を話す男性が「これはお前の仕事で、このためにお前は給料をもらっている」とバスをどかせと政府職員に訴えました。警察に記者証を求められた男は提示できず、パスポートはホテルにあり、ドイツの住所を教えると答えています。警察に付き添われて、その場を去りました。

入国を許可されなかった4人

米朝会談に関して、入国を許可しなかったのは、最低でも4人であることをシンガポール政府は明かしています。自爆テロサイトを閲覧したことがある東南アジア人、以前テロ活動にかかわったオーストラリア人、詳細が示されていないもう2人です。

治安法による警備

金正恩そっくりさんが警告を受けたのには、シンガポール政府の網の大きさにも驚きましたが、平昌冬季五輪で北朝鮮の「美女軍団」に近づいて混乱を引き起こしたことが理由ではないかと思われます。

北朝鮮マニアの日本人は、外国人に必要な就労許可がなく違法行商の2点から、シンガポールの通常では拘束を即座に受ける案件です。被害者がいて悪質な韓国放送公社を除くと、「警告後に逮捕」というのは、シンガポールでは通常よりゆるやかな対応です。治安法に関する過去の事件で、シンガポール国民が即逮捕されたことと比較し、なかには国民が逆差別されていると訴える野党系メディアもあります。


※セントーサ島を海から警備するシンガポール海軍

特別地域と特別イベント地域

シンガポール政府の対応の根拠となったのは治安法 (Public Order Act) です。対象になった地域では、爆発物・銃器・拡声器などの持ち込みやドローン飛行が禁止され、その確認のために、車両と身体検査を行うことが可能になります。これらは"特別イベント地域"です。
それに加えて、更に厳しい"特別地域"があります。この地域では、出入りの車両と人の通行の検査と、侵入の不許可、立ち去りを命じることができます。

治安法の適応自体は、それほど珍しいことではありません。政府が威信をかけて行っている建国行事のナショナル・ディ・パレードにも適応されています。


※セントーサ島の米朝会談カペラ周辺を警備するヘリコプター
「明るい北朝鮮?」

シンガポールが会場に選ばれたのは、「会場周辺でのデモを抑止できる国」というのが理由の一つではないかと言われています。
米朝会談の会場になったセントーサ島で、抗議活動を計画した国内NGOがありましたが、「デモは14営業日前の申請と、それへの警察許可が必要」という条件があり、開催が急だったため日数が足りず申請を断念しています。

届け出で比較的自由にデモを開催できるホンリョン公園のスピーカーズコーナーでは、ごく小規模の平和集会が開かれました。
シンガポールでは、外国人はスピーカーズコーナーのイベントへの参加も認められていません。永住権保持者になると参加できますが、ステージにたてるのは国民のみです。シンガポールは「外国が自国の政治に影響を与えることを認めない」「外国人の自国での政治活動を認めない」という姿勢を持っています。ですので、米朝会談で警告や逮捕を受けた外国人の抗議活動は、シンガポールにとって論外です。

となると、ここでまた「シンガポールは"明るい北朝鮮"だから」「北朝鮮が"明るい北朝鮮"を訪問」と言いたがる人が出てくるのですが、「明るい北朝鮮」という用語自体が日本人しか知らない、日本でのみ通じる言葉です。シンガポール人は知りません。開発独裁の一形態として、世界的には認知されています。シンガポールは独立後一貫して自由主義陣営です。中華系が3/4を占める国でありながらも、中国との国交樹立が1990年に遅れるほど長らく距離をおいていた強固な反共国家なので、シンガポールでも日本以外の他国でも、「明るい北朝鮮」が通じないのは当然です。
シンガポールは建国から一党支配が続き、国境なき記者団の世界報道自由ランキングでは151位であり、言論の自由への制限があるのは確かです。ですが、それは多民族国家でヘイトスピーチが引き起こす民族対立を抑止するためであり、なにより選挙で国民が信任した結果でもあります。
米朝会談で訪れたCNNの取材に、シンガポールの圧政や言論の自由を聞かれたシンガポール首相は「国民の選挙の結果だ。 スピーカーズコーナーで思いを表現できる。それ以外の場所でするにはルールがある。煽動罪・侮辱罪はあるが、ネットに望むことを書ける」と反論しています。

米朝会談で最も果実を得た国はどこか

開催費用16億円、65万円金正恩ホテルスイートの負担は、シンガポールにとりペイしたのか?

開催費用16億円、シンガポールには十分にペイしたはずです。世界中のニュースで、わずか人口560万人の小国シンガポールの名前がこれほどまでに連呼されたことは、建国以来なかったはずです。そのビッグイベントが大過なく終了しました。
シンガポール政府は、首相自らが今回の費用がS$2,000万 (約16億円) であると明かし、「地域の平和のために喜んで払いたい」と説明し、「世界のためにシンガポールができることを共にやりたい」「米国と北朝鮮の両国に親交を持つ国は多くない」と国民に理解と警備への協力を呼びかけました。これは、シンガポールが貿易に依存する外需国であり、地域の安定がシンガポールの繁栄の礎だというポリシーからきているはずです。
また、関連する警察を含む公務員、軍隊、徴兵制度の予備役兵に首相は労をねぎらっています。

開催前から、「外資がない北朝鮮から来る、金正恩氏が泊まるホテルスイート宿泊費1泊65万円を誰が負担するのか」ということで話題になっていました。これに、BBCインタビューで外務大臣は「ホスピタリティだ」と支払うとさらっと言ってのけました。開催費用が16億円となると、65万円のスイートの宿泊費は金額では誤差の範囲であり「首相が承認した予算だ。考慮すら全く要らない」とひよらず答えています。「自国の困窮者にその金を使え」と激高するネット民があらわれましたが、一部にとどまりました。

なお、一部日本人には、米朝会談で「シンガポールが大混乱」「不満の声」と、奇をてらった発言で注目を得ようとする者もいます。しかし実態は、例年のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)やF1などの巨大イベントに国民は慣れていることもあり、シンガポールのネット議論で最も多かったのは開催費用16億円でした(Isentia社調べ)。交通規制やセキュリティでの不便さは、その次にとどまります。愚痴はありながらも、シンガポールのブランド向上を理解し、不満は一部にとどまっているというのが、大局での見方です。

伊勢志摩サミット予算 600億円を覚えているか

日本で2016年に開催された伊勢志摩サミットは、予算総額が600億円と報道されています。国際メディアセンターの建築費に28億円、そのためだけに建てられたので解体費に3億円かかることが、当時、話題になりました。
要人が主要国から来るため、単純に伊勢志摩サミットの方が規模が大きくなることは理解します。しかし、米朝会談の40倍弱の費用をかけて、会議で実のある成果を得たのか、開催国の宣伝効果があったのでしょうか。
米朝会談では、S$500万(4億円)をかけたメディアセンターでは、地元料理のチキンライスやラクサを含む、15ヶ国から45種類の食事を、世界中から来た2,500人のメディア勢に無料で提供するなどして、メディア"懐柔"にも成功。評判は上々でした。
政府は国内の社会福祉や効率的な行政提供で節約するだけでなく、社会インフラや国家事業への投資を行う必要があります。シンガポールの国際イベントといえばF1です。F1は政府イベントですが、リーチできるのはモータースポーツのファンというごく一部だけ。開催費用にS$1.5億(120億円)かかる一方で、チケット売上は35万ドルしかなく、放映権や広告宣伝費があっても、台所事情は苦しいはずです。
米国大統領との会談にこぎつけた北朝鮮、具体的なステップや期日を合意に盛り込まなかった米国、拉致問題への合意がないなかで非核化費用負担を求められた日本。これらの当事国と比べると、シンガポールはかなりの成果があったと言えます。メルトウォーター社は、オンラインメディアでのシンガポールの広告効果は約600億円($7.67億) にのぼると見積もっています。会場のセントーサ島にあるユニバーサル・スタジオ・シンガポールや、巨大水族館シーアクアリウムの営業も守りました。米朝会談は、国ができる最良の投資の一つだったのではないでしょうか。

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「日本語、お上手ですね」と小泉八雲 ~書評「東大留学生ディオンが見たニッポン」~

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。今回は書評というより、本を題材にした「海外生活者、ニヤニヤ」になってしまいました。「それってシンガポールで、私や日本人が感じていることへのカウンターだよ」という内容があるからです。「シンガポールに住んでいる日本人の視点」で本書への感想を書いてみます。
お題は「東大留学生ディオンが見たニッポン」(著者:ディオン・ン・ジェ・ティン)です。出版社は岩波ジュニア新書という良いところ。

東大留学生ディオンが見たニッポン (岩波ジュニア新書)

東大留学生ディオンが見たニッポン (岩波ジュニア新書)

※アフィリエイトはしていません。

本のタイトルから分かりますが、内容は「外国人が東京大学で学生をして、見たこと感じたこと」です。このディオン氏がシンガポール人なので、私の読書対象になりました。

本書に"含まれていない"こと

まず最初に、私は興味がありましたが、この本の内容に含まれていないことは下記です。

  • 日本に興味をもったきっかけと、興味の対象
  • (受験) 大学受験の情報収集、受験対策ペーパーテスト結果、併願校など
  • (卒業後進路) 在学生の希望進路、卒業生の進路実績

他文献を見ても、進学先を日本にしたのは、高校(JC)までに、「日本語を頑張ったので」という簡潔な表現にとどまります。
東大留学前に日本に9回も旅行しており、お姉さんも日本でのホームスティ経験があります。家族を含めて、日本に興味があることが分かりますが、ディオン氏が日本の何に興味を持ったのか(例えばアニメ等)は直接記載されていません。
また、本書を読んでも「どうすれば東大PEAKに合格できるのか」や「受験手続き」には一切触れていません。卒業後の進路や展望も記載がありません。

ディオン氏のプロフィール

本書等から私が作成したディオン氏のプロフィールです。

国籍シンガポール
居住地18歳までシンガポール。その後、日本。
家族2つ年上に、日本語を勉強する姉がいる。
在籍東京大学 教養学部 教養学科 国際日本研究コース
学歴ラッフルズ・インスティチューション
語学英語と日本語は堪能。日本語は中学生の時からシンガポール教育省語学センターにて勉強。高校卒業前までに日本語検定1級取得済み。母語は中国語、、フランス語を第四言語として学習しフランスの大学に短期交換留学
部活バトミントン (大学入学から)。東大新聞デジタル事業部。インカレバンドサークル。
ラッフルズ・インスティチューション

ラッフルズ・インスティチューション、通称RIはシンガポールでのトップの中のトップ校です。シンガポール首相・大統領・閣僚など各回著名人を多数排出しています。日本でも東大入学より、灘・開成に入る方が難しいですが、シンガポールではRIがそれにあたります。シンガポール国立大学などへの入学よりはるかに困難です。シンガポールにおけるエリート主義、としてやり玉にあがることすらある学校です。

シンガポール教育省 語学センター

さらっとRI出身と書かれているように、さらっと教育省語学センター(MOE LC)が書かれていますが、これも成績優秀者のみの教育課程です。小学校卒業試験であるPSLEで、成績が上位10%である生徒のみが、第三言語としてここで学習できます。

東大PEAKとは

PEAKとは Programs in English at Komabaの略となっており、「駒場キャンパスでの英語プログラム」の意味です。日本の文部科学省が導入したGlobal 30プログラムの一つになります。秋入学。授業はすべて英語。
東大には10.88%の留学生がおり、その中の2%がPEAK生(本書執筆時点)。ディオン氏の執筆時では、1期生と2期生の50人が16カ国の国籍を持ちます。
ディオン氏は、東大PEAKの他に、文部科学省の奨学金にも受かっています。学費が免除になり、生活費と里帰り航空券まででるという、トップ留学生向けの一部界隈で有名なアレです。来日して1年間はまず外語大で日本をを学ぶ必要があり、その時の成績で入学大学が決まるため、9月入学でもあり卒業が早い東大PEAKにしたと述べています

書評

それでは本題に入ります。

日本は外見重視の国か

化粧の有無から他人の年齢や人種を判断する。 (P.17)

日本社会がいかに外見と表面を重視するか。 (P.18)

日本の外見重視は他国と同程度のはずで、むしろシンガポールが特異ではないかと私は思っています。日本では、女性であれば化粧、男性であればスーツなどによって、社会的なプロトコルに則っているかが測られ、そぐわない人は警戒されます。
その一方、シンガポールでは外見から職業や社会的地位を推測することは困難です。シンガポールの街で異彩を放つ人たちがいます。この常夏の国でもスーツを着ている日本人です。シンガポールでスーツを着ているのは過半数が日本人、そのほかに多少韓国人がいて、わずかに金融系の人たちがいます。ネクタイをしめる人も少数なシンガポールで、身なりから人を判断するのは不可能です。なので、Tシャツ・短パン・サンダルの人が大金持ちだと知って、ぎょっとした経験をしたことがある人がいるはずです。2012年にシンガポールに進出した紳士服のコナカは、私から見てお客さんが入っている様子がなかったのですが、5年営業を続けて、2017年に撤退しました。
社会的なプロトコルで、シンガポールよりカジュアルな国を私は知りません。同じ東南アジアでも、例えばタイだとホワイトカラーであれば、ビジネスにはタイをしめ、スーツを着ても目立ちません。
ですので、ここでのディオン氏の指摘は「日本への指摘」というより、「シンガポール人の外国経験」と捉えたほうが良いのではないかと思います。

シンガポールで友人になりにくいのはシンガポール人

留学生との接し方に関して、TGIFのイベントに来ている日本人の学生が、新歓イベントで知り合った日本人の学生とだいぶ違う。 (P.24)

シンガポールで最も友人になりにくい国の人は、シンガポール人だと私は思っています。外国人同士、特にアジア人同士のほうがずっと友人になりやすいです。
どの国でもそうですが、その国の大半の人は外国人に興味がありません。これは特にエスタブリッシュなエリートほどそうです。することがいっぱいあるのに、言葉や文化に不自由な外国人とコミュニケーションをわざわざ積極的にとる理由がないのです外国人差別とまで呼べるものではなく、彼らの利害関係にないので、単に興味がなく無関心なのです。話をしにいくと、普通に答えてくれますが、それ以上の親密さを引き出すのは困難です。自分が提供できる何かが必要だからです。
外国人が移り住んだ国で、初期段階でする必要があるのは、

  • 母国からを含め、外国人同士での仲間を作ること
  • 現地民から「親外国人派」を見つけて仲良くなり、その人を突破口に現地コミュニティに入っていくこと

だと私は思っています。外国で不自由になってジタバタしているのを、見るに見かねて助け舟を出してくれる世話好きは、だいたいどの国にでもいます。ディオン氏が指摘している『TGIFのイベントに来ている日本人の学生』というのがこの"親外国人派"です。また、『新歓イベントで知り合った日本人の学生』というのは外国人に無関心な多数の一般人です。つまり、"親外国人派"は仲良くなるのに外国人に対して下駄をはかせてくれる。その一方で、多数の一般人は言語・文化などの不自由さから、外国人が仲良くなるのにハンデとなるのです。

「日本語お上手ですね」は「日本語が母国語ではないのですね」「あなたは外国人ですね」の意味

「ハジメマシテ。ディオンと申します。よろしくお願いします。」「うわー、ディオンさん、日本語お上手ですね」というパターンで初対面の方々との会話が始まります。なぜ自分が一言の挨拶しか言っていないのに、すぐ日本語がうまいとほめられるの? (P.34)

東アジア人に近い顔つきの外国人に対し、完璧な日本語が話せることを求める人もいます。 (P.36)

外国人に対して「うわー、日本語お上手ですね!」という発言は、日本語がそもそも日本人専用の言葉であり、国民のアイデンティティーであることを前提にするもの (P.49)

ロシア人の留学生が入ってきました。生まれつきの肌色で区別されるとは思わなかったです。 (P.143)

ディオン氏の分析に近い印象を私も持っています。
日本人は外国人が日本語を話すと、すぐに「日本語、お上手ですね」と言います。何かの義務であるかのように、多くの日本人がそれを口にします。これは、

  • 天気の話と同じで、外国人向けの挨拶
  • お互いに共通の話題に手探りなので、とりあえず褒めている。敵意が無いことを表す
  • あなたの日本語はネィティブではないですが、私は理解できています

という意味です。

"You speak English well." (英語、お上手ですね)
と言われたことがある日本人はどれだけいるでしょうか。別に英語でなくても、現地語でよいのですが、海外居住者なら経験があるはずです。
字面は褒めているはずなのに、これを複数回経験すると疑問に思い、そのうち「カチン」ときませんでしたか?「仕事や、学校や、近所付き合いの用事や、友達が欲しくて話に来ているのに、話題に語学なんか選ぶなよ」、と。そして当然の事実に気付くはずです。同国民なら、相手の語学に話題として触れることがなくて、外国人扱いとして壁を作られている表現だということです。「英語、お上手ですね」というのは「外国人の割には上手ですね」「ネイティブではないですね」という意味に過ぎません。
日本人が決まって「日本語、お上手ですね」と判を押したように言うのは、上記3点が合わさった理由ですが、これが良い印象を与えないことは知られていません。理由は「英語、お上手ですね」と言われた経験がある人が少ないからです。外国人であることを意識付ける、壁を作る表現であることを、日本人は知る必要があります。

私の職場に、日本国籍でない日本語話者がいます。それらを見ていて分かるのが、「外国語ができない日本人ほど、外国人が話す日本語に厳しい」ということです。自身が外国で苦労をしたことがないので、話に詰まるとすぐに「日本人にかわれ」と平気で言えるのです。そしてこれは、相手の外見がアジア人であればより強固です。西洋人・白人であれば、「ガイジンが頑張って日本語を話している」と多少の間違いや意思疎通での困難さにも、突然おおらかになります。人種への偏見です。海外在住者としては、そのおおらかさを、アジア人にも向けて欲しいと願っています。

ココがヘンだよ、日本での外国語・英語教育

学校で使っていた教科書を見せてもらったら、説明が確かにすべて日本語 (P.63)

中国語の先生が間違いなくずっと中国語で話していました (P.67)

私が中学校一年生の頃から六年間日本語の授業を受けていたシンガポールの教育省語学センター (Ministry of Education Language Centre, MOELC)でも、すべての第三語言語授業が最初からその言葉で教えられています。私が使っていた教科書にも英語が一切なく、日本語とイラストに絞った説明の仕方をしていました。日本語の文章を英訳したり英語の文章を和訳したりすることを求める課題もありませんでした。 (P.68)

(日本では)会話のスキルがあまり重視されていない (P.74)

「中学高校と6年間も膨大な時間を使って英語を勉強したのに、話せるようにならない。日本の英語教育は駄目だ」というのは一般的な日本でのコンセンサスです。その一方で、帰国子女でもないのに、英語ができるようになった人からは、「日本の英語教育が間違っている」という苦情を聞くことはまれです。少なくとも私の周囲ではそうです。私の周りの感想では「学校の英語授業だけでは、勉強時間が圧倒的に不足していた」というものです。
英語や中国語が日常的に使われているシンガポールと、10年に1回ぐらい外国人に道を英語で聞かれるかどうかしか使いみちがない日本とで、使用量が全然違うのに同じ学習法ができるわけがありません。
また、言語間距離の問題があります。日本人は英語音痴ですが、語学音痴ではありません。言語構造が比較的近い韓国語では、スラスラと上達していく日本人を見てきました。その一方、言語構造の隔たりが大きい英語は、日本人が習得するのに大変な学習量が必要です。
これまでは日本の英語教育では「文法と読解で手一杯」でしたが、今後はリスニングとスピーキングもするように迫られています。今の英語教育に欠けている発音記号などは年齢が若い内に学ぶべきであり、英語学習に必要な時間や負荷は今後も上がるのでしょう。

大学に来てから中国人、台湾人、香港人の友達に出会い、本当のネイティブ中国語話者の会話に時々ついていけない (P.66)

シンガポールで時々目にするのが「シンガポール人の中国語が中国人に通じない」です。祖父母や友人と一部は中国語で話し、小中高と長年勉強し、中華系であったとしてもです。読むのに時間がかかる、書けない、という率が年齢が若いほど高まります。英語教育が第一だからです。学校教育だけでは不足という意味においては、シンガポール人にとっての中国語は、日本人にとっての英語に多少近いかもしれません。

日本での外国人サバイバル

留学生同士でイベントに出たりし、留学生というアイデンティティーをすぐアピール (P.122)

海外生活経験がある代わりに、日常会話以外のアカデミックな日本語を身に着けていない帰国子女やハーフ (P.145)

帰国したら「外国剥がし」」や「染め直し」 (P.145)

特に日本で嫌われるものの一つに「出羽守(でわのかみ)」があります。帰国子女や留学など海外居住経験者が「(自分が住んでいた国)では~だった」と事あるごとに「では」「では」と引き合いに出すことです。それほど親しくない知人にとっては、特に興味深い話でなければ、その人が過ごしてきた国には興味がありません。そんな話を持ち出されても、こちらで適応不可能だし、ベンチマークを取られても関心が持てず、特にそれが外国であれば環境自慢にしか聞こえないのです。どの国でも大なり小なり出羽守は嫌われやすいと思いますが、日本は若干その傾向が強いはずです。

君は小泉八雲になれるか

「用事から日本に住んだことのない人は、どのぐらい日本語を勉強してもネイティブにはならないよ」と日本語の先生(日本人)に言われたことがあります。 (P.198)

それでは、「外国人が現地化する」とはどういうことでしょうか。

  • 現地語で円滑に意思疎通がとれる
  • 自分の出身国の話題に頼らずに、ビジネス、趣味や現地の話題で会話を継続できる
  • 現地の文化・風習に通じており、服装・立ち居振る舞いで違和感を与えない

ディオン氏が日本語教師から指摘されたのは、字面だけだと単純にネィティブと非ネィティブの語学力の差ですが、時にネィティブとは語学を超えて、文化・風習も含めた意味を含むことがあります。
著名な外国人でこの域に達した初期の人は、ギリシャ生まれイギリス人だったラフカディオ・ハーン。日本名、小泉八雲です。
40歳にて、米国を発ち、日本で島根県尋常中学校及び師範学校の英語教師になります。41歳で羽織袴の正装で年始回りをし、身の回りの世話するためにのちに妻になる日本人女性を雇います。44歳、日本の英語著作を出版。46歳、日本に帰化し小泉八雲と改名、仕事では帝国大学英文学科講師になります。54歳で狭心症で亡くなるまでに、3男1女をもうけます。

その小泉八雲も、日本語は会話はできましたが、読み書きはできませんでした。有名な「雪女」「耳なし芳一」は、妻や農民からの口述を受けての英語での出版です。しかし、言語・文化・国籍・家族と現地化を遂げました。自分の身になって考えると、これらを小泉八雲のレベルで達成するには、目がくらむような努力だけでなく、覚悟も必要なのが分かります。移民が使う言葉や世界共通語である非ネイティブが多い英語と比べて、日本語では「どのぐらい日本語を勉強してもネイティブにはならないよ」という言葉は重く感じます。

日本人はチームワークを勉強で経験しない

ディスカッションやディベートを積極的に教室内でやることが、日本の学校では一般的なことではないと気づきました。(P172)

グループワークを通し、仲間同士でも自分の立場を守って意見をしっかり言えるようになり、多様な見方にある価値も理解 (P.173)

日本の教育現場では講義スタイルが一般的 (P.174)

日本人は「傑出した人物が引っ張るリーダーシップ」より、「組織力で皆が頑張る」というのが一般的な評価でしょう。
ところが、学業でチームワークを学ぶことはありません。グループワークが与えられ、理解が低かったりやる気がないメンバーが打ち合わせに出てこない、依頼したタスクをやってこず、「それだったら全部自分でやった方が早い」という葛藤でプレゼンを行い、並以下の成績を付けられる経験を、大学以前にした日本人はまずいないはずです。勉強は教師の手助けを得ながら、机に向かって一人で行うのが日本の学校です。
日本人のチームワークは、学校教育では体育や部活である程度です。最も時間をかけて世間評価が大きい学業で経験しないチームワークが、日本人は評価が高いとされているのですから、興味深いものがあります。大学生が就職する時に直面する、企業の体育会好み、学業軽視の評価は、ここが関係しているかもしれません。

最後に、私の東大PEAKへの印象

東大PEAKを進学先として選択するには、

  • 受験結果から (併願校との合否で、他の有名校に受からなかった。2014年度合格者の7割は他有名校を選択)
  • 日本に関わりがある (帰国子女や、日本人の二世・三世など)
  • 日本や東京で学生時代を過ごしたい (日本のサブカルチャーへの興味、欧米以外の変わった進学先を探している、欧米と比べて手頃な学費生活費負担で留学がしたい)

などが想定されます。

本書を読む前からですが、東大PEAKは進学先として注意が必要と、私は考えていました。理由は卒業後の進路です。

  • (日本就職) どの国でも外国人はそうですが、特に日本で外国人は日本での就職に苦労する。日本語で授業を受け、日本人と同じ机で勉強した外国人でも、日本語能力や外国人であるフィット理由で就職先を探すのに苦労する。語学としての日本語授業は必須でも、基本は英語で授業を受けるPEAKは、日本就職の助けとして不十分。
  • (海外就職) 母国や第三国(欧米やその他各国)での就職に、"Todai"は助けとして弱い。日本の外では、東大はごく一部にしか知られていない。海外で日系企業は就職先として魅力的ではない
  • (進学) PEAKは学際分野。学部でコースとして選択できる「国際日本研究コース」「国際環境学コース」から、PEAK卒向けに用意されている大学院コース(GSP/GPES)以外に、専門性が高い修士・Ph.Dへと直結させることは難しいのでは。

上記の難題に、ディオン氏がどうクリアされようとするのかが、私の興味でした。本書のテーマに進路は含まれておらず、そこへの回答は得られませんでした。

「駐在ですか?現地採用ですか?」海外日本人村に横たわる身分格差

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うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
お怒りの投稿が、ツイッターで流れてきました。


「アホ」という強い言葉を使うほどなぜ傷ついているのか、という背景についてです。

世の中には、発言している方は全く悪気は無いが、言われた方は大いに傷つく言葉、というものが多くあります。
「駐在ですか?(現地採用ですか?)」
は海外日本人村でのその一つです。もちろん、すべての人が傷つくわけではありません。聞かれた人が駐在の場合は「駐在です」で終わりですし、現地採用でも気にしない人もいます。大半の現地採用は、悪気はないのは分かっているので聞き流しますが、良い気はしていません。

駐在とは、日本の勤務先に在籍したままで、海外赴任をしている人のことです。駐在手当や現地家賃などが福利厚生として提供されるため、日本でより羽振りが良くなるのが一般的です。現地採用は、海外現地の契約形態での採用であり、待遇は特に発展途上国勤務だと現地の雇用水準プラスアルファ程度です。現地民よりかは良いのですが、駐在にははるか及びません。役職も違うとはいえ、家賃なども含めた待遇格差は、先進国でも倍、発展途上国では数倍にもなります。

※参照: 駐在と現地採用の待遇格差について
uniunichan.hatenablog.com

質問した人と、質問された人とでの、焦点のズレ

「こっちに駐在で来ているんですけど」
という発言でも同様ですが、発言者の意図は明確です。
「私は勤務先の業務命令で、海外赴任をしています」
というものです。通常、それ以上でも以下でもありません。特定界隈では"駐妻"というものにステータスがあるのと同様に、駐在にステータスがある生態系もありますが、海外在住日本人の大半は駐在です。この会話をしている相手も駐在であることが多く、特にマウンティングできるわけでもないからです。

ところが、質問された現地採用は、駐在ではないという雇用体系の違いや、そこから来る待遇・経済力の違いまで含めて意識させられるのです。
「駐在か現地採用かというのが、お前にどう関係あるんだよ。役職なら名刺渡してるだろ」
という反発が生まれます。
質問している駐在員は、悪気はありませんし、相手が傷ついているとも知りません。人の足を踏んだ人は、踏んだことにも気づいていない、大したことがないと思っています。

現地採用を見下す人々

質問をする人の中には、「駐在なら責任者だが、将来的には帰国前提。現地採用ならスタッフ・リーダーレベルで、帰任はない。というのを確認したい」という人がいますが、役職はそれこそ名刺で分かりますし、3年から5年で帰任する駐在員が多いのは確かですが、それ以上に同じ企業で働き続ける現地採用者もまれです。結局は、「ご出身はどちらで?」に類似した会話のつなぎが、相手が不適切だったので反発される、ということです。

困ったことに、現地採用と聞くと見下していると受け取られる態度をとる人も少数ですがいます。露骨に関心を失ったり、無視してコミュニケーションから外してくる人たちです。理由は、自分と異なるコミュニティに相手が所属しており、なおかつ、自分がメリットを得られない人間関係だからです。相手の人となりではなく、相手の社会的地位で物事を判断する人といって良いでしょう。

駐在、現地採用は身分制度

「正社員ですか?派遣ですか?」

「駐在ですか?」という質問がいかにセンシティブかは、日本では、
「正社員ですか?派遣ですか?」
の質問にたとえられます。「海外で働いている事情は」「当地での付き合いがどれぐらい長くなるかに関わる」「別に事実を聞いてるだけだし」と言ってる人たちも、このたとえを説明するとさすがに言葉につまります。本人の事情や動機なんか何だっていいのです。駐在・現地採用というのは、正社員・派遣と同じ身分制度なのです。例外もありますが、派遣が仕事ができれば正社員になれるわけでないのと同様に、努力や成果で現地採用が駐在になれるわけでもないのです。現地採用のキャリアパスの先に、駐在があるわけでないのが絶望の縁です。平社員が課長・部長に昇進するのとは違うのです。現地採用が駐在になるには、日本本社への転籍が必要だからです。仕事ができるのは当然として、現地法人の強い推薦と、本社の予算と在籍に空きが必要です。
人生の積み上げの結果で、派遣だったり、現地採用をやっているわけですが、それと仕事への能力は直接的には関係していません。入り口が違うのが最大の理由です。仕事のパフォーマンスと、待遇がリンクしているわけでないのが、身分制度が非難されるべき理由です。

外国人は大学名や勤務先を聞かないのか?

本記事の初めのツイッターで言及されている「外国人は大学名ではなく、勉強した科目聞くし 企業名でなく、業界を聞く」について。
少なくとも私の環境では、大学名も勤務先も聞かれます。
これは、バックグラウンドが近く、同じコミュニティに属している相手であれば、聞くこと自体が失礼にあたらないからです。駐在が駐在に「駐在ですか?」と聞いても「駐在です」と返事されて終わるのと同じです。初めて会う人と話をするにあたって、類似の属性を探してそこからから話の糸口にしようとするのは、一般的です。「NUS(シンガポール国立大学)に行ってたんですけど、今も勤務先が隣駅のワンノースのアップルなので、いまだに学生気分で」というように。これが、本人が国立大学卒で、話している相手が私立大や海外校の可能性が高いと思われれば、共通の属性とならないため、こういう無意味な話題は避けられます。むしろ、学部での専攻や、有名企業でなければ業界や職種を話したほうが、共通項が得られる可能性が高いでしょう。

つまり、このツイートの方は、「海外の大学なので聞いてもどうせ分からない」「自分のコミュニティ外の外人枠だから大学名を聞いても接点にならない」と思われているのではないでしょうか。私の今の環境での判断ですが。
そもそも「外国人」と主語が大きい時点で、聞く方も気をつけるべきです。

「海外で働いている私、すごい」

海外で働いていると、"海外ハイ"な時があります。「海外で働いている私、すごい」という高揚感です。
ところが、日々の生活では、職場では駐在に指示された翻訳や雑用をして、家に帰ると他人とルームシェア(フラットシェア)で完全なプライバシーがなく、日本人独身男女が女性に偏っていることからパートナーを作るにも苦労し、永住権のハードルがあがっていることから就労ビザ更新に冷や冷やするのが、シンガポールでの現実です。年金も大半は納めておらず、日本のセーフティネットを自分で捨てた結果とはいえ、滞在国の社会保障からも漏れています。将来をうっかり直視すると、不安は底知れぬものがあります。
高揚感をぶち壊して、現実に連れ戻す質問が「駐在ですか?」なのです。このギャップの深さゆえ、傷つき方も大きいのです。

強く生きてください

すすめませんが、希望もゼロではないシンガポールの現地採用

現地採用への風当たりでいうと、シンガポールは恵まれています。金融フロント、医師、弁護士、外資系企業専門職という、高給であったり社会的地位が高い現地採用者がいる国だからです。さきほど、「現地採用は絶望の縁に立っている」と書きましたが、そこにいない人たちです。「日系企業の現地採用」=「苦労している」、というのは発展途上国勤務の現地作用と同じ評価ですが、駐在並かそれ以上に稼ぐ現地採用もいることは知られています。海外でも日本人としての生活を、家族を持っておくることができる人たちです。

※参照: シンガポールでの現地採用の給与水準です。
uniunichan.hatenablog.com

海外日本人村は階層化しています。駐在と現地採用の分断は埋められません。駐在は現地採用のことを全く気にもかけていませんが、多くの現地採用は駐在を強く意識しています。現地採用が強く生きるには、結局は稼ぐことに尽きます。

  • 駐在に転籍
  • 稼ぐ自営
  • 外資系企業専門職
  • 日本に凱旋帰国して外資系企業勤務

が、成功した現地採用出身者のキャリアパスです。
いずれもかなり困難な道のりです。努力以上に、景気と運にも左右されます。安易に海外就職の選択肢を選ぶ前に、本当に日本でのキャリアパスは他にないのかを検討されることを、強くおすすめします。
強く生きてください。


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アジアンズを削除して「クレイジー・リッチ!」の邦題にした"偉業"~映画の舞台、シンガポールでの徴兵~

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「あなたはアジア人ですか?」

シンガポールウォッチャーのうにうにです。
質問です。
「あなたはアジア人ですか?」
こう聞かれて「はい、私はアジア人です」「はい、日本はアジアにありますから」と即答できる日本人は、どれだけいるでしょうか。「自分がアジア人?うーん、それはそうなんだけど、なんかちょっと違うよな」とちゅうちょする人はいると思います。

ハリウッド発の恋愛コメディ映画「クレイジー・リッチ・アジアンズ」(原題: Crazy Rich Asians)が、米国で8月15日に封切られました。
日本語に訳すと「クソ金持ちのアジア人達」。第一週に引き続き、第二週でも全米売上1位でした。日本での配給はワーナー・ブラザーズです。日本では9月28日に公開予定ですが、私が住んでいるシンガポールでは8月22日から公開されており、みてきました。公開2週目の週末ということもあり、客入りは9割ほどと盛況。舞台となったシンガポールの知っている風景も多く映され、客席も盛り上がっていました。

ドタバタ恋愛コメディです。主人公は、シンガポール出身のクソ金持ちな中華系アジア人男性と、中華系アメリカ人知識階級女性。アメリカ在住中には彼氏が超富裕層の一家と知らなかったのが、友人の結婚式参加のためにシンガポールに来て、そうだったことを知ります。母親・祖母からのいじめと、シンガポール人女友達から嫌がらせを受けます。金持ちのきらびやかなお戯れを、我々庶民が見る構図ですね。富裕層や特権階級を題材にしたストーリーは、古来より世界中であり、その一つです。
www.youtube.com

舞台の大半はシンガポールで、これは原作者のケヴィン・クワン氏が"元"シンガポール人 (元シンガポール国籍) である自身の経験からきています。

Crazy Rich Asiansの邦題は「クレイジー・リッチ!」

"Crazy Rich Asians"は、邦題が「クレイジー・リッチ!」として9月28日に日本で公開されます。なお、日本語に翻訳された原作の小説は、そのままカタカナで「クレイジー・リッチ・アジアンズ」が単行本のタイトルです。


(いつものように) 日本版ポスターやフォントが驚きのダサさになったとか、「クレイジー・リッチ」だと英語として気持ち悪いとか言われていますが、私の注目は原題にあった「アジアンズ」が、邦題では削除されたことです。
意図的な削除と私は邪推しています。日本では「アジア人が主役の映画」というより、「ハリウッド発の恋愛コメディ映画」で推した方が、売上が伸びる、という判断があったのでは、ということです。

ホワイトウォッシュに抵抗した映画がはまったアジア人と中華系

映画は、映画の内容そのものだけでなく、映画を作るにあたってどんな背景や苦労があったのか、という周辺情報も含めた"ストーリー"が興行上でも重要になっています。本映画でのその一つが、"ホワイトウォッシュ"への抵抗です。

原作者であり本作のエグゼクティブ・プロデュ-サーでもあるクワンには、映画化へのオファーが絶えなかった中で“絶対に譲れないポイント”あった。「ある有名プロデューサーが連絡をしてきて『この映画を作ろう。でも、主役のヒロインを白人の女性にする必要があると感じているんだ』と言ってきた。完全に肝心な部分を理解していなかったんだ!「サンキュー・ベリーマッチ。グッバイ」という感じさ。でもその後で、できるだけ本に忠実に作りたいと思っているチームを見つけたんだ!

「俳優を白人に置き換えることに原作者は同意せず、ハリウッドのマイノリティであるアジア系で作った異色の映画。それが売れた」、というのが重要な周辺情報になっています。原題にあった「アジアンズ」を抜くのは、ホワイトウォッシュに抵抗した原作者の意志に反しているのでは、という疑問が生まれます。

他民族が演じることの是非

ストーリーにおいて、ヒロインはアメリカ人(国籍)ですが、それ以外の登場人物は中華系です。その女性主人公も、国籍と育ちはアメリカですが、親は中国出身の中華系との設定です。
配役において、俳優はアジア系であったとしても、中華系を演じている役者には中華系でない人がいます。加えて、舞台となったシンガポール人の俳優がいないことへの議論もおきました。異なる民族へのキャスティングは、「SAYURI」(原題: Memoirs of a Geisha)において、日本人の芸者の役を中国人チャン・ツィイー氏が演じた時のように、日本でも世界でもこれまでに何度も議論になっています。なお、本映画では、日系イギリス人のソノヤ・ミズノ氏が、中華系の役を演じています。
また、多民族国家のシンガポールであるにもかかわらず、"シングリッシュ"(シンガポールアクセントの英語)を話さない、また他の主要民族のマレー系やインド系が登場しないことへの批判も、SNSでおきていることが報じられています。

シンガポール最有力紙ストレーツ・タイムズは、キャスティングを痛烈に批判しています。「アジア人の血が入っていれば"十分にアジア人"とハリウッドが考えていることは明白だ。だから主人公とヒロインに中華系を血統に持つ白人が採用されたのだ」「売上のためだ。雑誌や、オーチャードや渋谷など大都市で映画の広告塔にのるのだ」また、白人や、肌の色が薄い人が、好意的に受け入れられる現象は世界的と指摘し、その例に日本のバービー人形などをあげています。

「アジアンズ」を邦題で抜いたのは、日本市場での判断であり、興行上の理由と私は推測します。人々の興味は自分との共通点から生まれます。初対面の相手に出身をたずねるのは、共通項と会話のいとぐちを探す一般的な行動です。「自分はアジア人だ」という意識を持つ日本人が多いとは考えにくい現状で、「アジア人の映画」をアピールして日本での興行成績が良くなるかは疑問です。 (にもかかわらず、「アジア人の映画」を「普遍的な恋愛と家族コメディ」と、米国で打ち出して受け入れられたので、価値があるのですが)

戦後の日本では、アジア唯一の先進国だった時代が一定期間ありました。アジアに位置しながらも、日本はアジアの中で別格で、「アジアというのは日本以外のアジア各国を指す」「アジア人というのは日本人以外のアジア人を指す」という意識が日本人に生まれた時代です。時代は変わりました。日本は変換期にあり、現状を受け入れる必要があります。世界銀行(2017年)では、一人あたり国内総生産(GDP)(名目)は、日本(3万8千ドル)であり、シンガポール(5万7千ドル)、香港(4万6千ドル)と引き離されています。国全体でも、中国のGDP12兆ドルに対して、日本は5兆ドルしかなく、倍以上の大差をつけられています。

邦題にしても、ポスターにしても、日本の配給側が責められがちですが、「これが日本で最大の売上をあげる方法」という判断の結果であることを忘れてはいけません。どんなに識者の評価が高くとも、客がついてこなければマスへのビジネスとして成り立ちません。つまり、「アジアンズ」を抜いた「クレイジー・リッチ!」が、2018年の日本人のアジアへの空気を表現した、優れた邦題だということです。
日本人がアジア人意識をもつ時代は、日本がアジアの地域共同体の中で生きていく、アジアの普通の国になった時かもしれません。

他国での映画タイトル

「クレイジー・リッチ・アジアンズ」がタイトルになっているのは、シンガポール、香港、台湾、ベトナム、マレーシア、韓国、スペイン、ノルウェーなど、大半の国です。ただし、香港ではアジアンズの意味がない「我的超豪男友」の現地タイトルに、クレイジー・リッチ・アジアンズの英語が両記されています。なお、中国は上映予定はありません。
例外として、ドイツは日本と同じ「クレイジー・リッチ」。
イタリアは「クレイジー&リッチ」です。
日本が、ヨーロッパにあるドイツ・イタリアと並んで「アジアンズを抜いた方が売上が良い」と考えられているグループというのは、興味深いです。

現実と異なる映画でのシンガポール描写

シンガポール在住の私には、マリーナ・ベイ・サンズなどなど、見知ったけ景色が次々に出てきますが、撮影にはシンガポールに加えて、マレーシアなどでも行われています。

典型的なのは祖母の豪邸です。広大な敷地が描かれていますが、あの大きさの豪邸はシンガポールには存在せず、マレーシア撮影です。シンガポールは土地が東京23区程度しかない都市国家で、土地は希少です。公営住宅 (HDB) すら日本のタワーマンションの高さで建てられる国ですから。「さすが、富裕層国家シンガポール、すげぇ」と誤解されないように、念のために書いておきます。

徴兵制度がある国、シンガポール

原作者のケビン・クワン氏は、シンガポール生まれ。曽祖父はシンガポールのメガバンクの1つOCBCの創設者という、裕福な家系で育っています。名門小学校であるアングロ・チャイニーズ・スクールで学びますが、11歳にて両親について渡米。その後はアメリカで過ごします。亡くなった父とのシンガポールでの生活の回顧録として始まったのが、クレイジー・リッチ・アジアンズです。自分の体験に着想を得た創作ですね。
舞台となったシンガポールでの公開にあわせ、シンガポールでプレミアが開かれ主要な俳優が並びましたが、原作者のケビン・クワン氏の姿はありませんでした。その直後に、ケビン・クワン氏はシンガポールでの徴兵 (ナショナル・サービス) に参加しておらず、シンガポールで指名手配されていることを、シンガポール国防省が明らかにしました。クワン氏は、徴兵なしでシンガポール国籍を回復するように求めた願書を出していますが、却下されています。

シンガポールは小国ですが、徴兵があります。シンガポールは政府の最大支出が防衛費であり、14.8%に達します(2018年)。なお、2位は運輸で、3位は教育です。日本政府の支出で防衛費は5%にすぎません。防衛費のGDP比では、日本は0.9%ですが、シンガポールは3.3%になります。他国に依存しない国防には、特に小国であれば、政府支出でも国民負担でも、それだけ重いものがあります。

国民意識を形作る徴兵というイニシエーション

シンガポールには「金が最重要の国」という印象を持つ日本人が多いのですが、すべての男性の国民(と永住権保持者の二世)は2年間にも及ぶ徴兵という負担を経ています。高度化した戦争でプロでない徴兵制度がどれだけ役に立つかを疑問視する意見もありますが、1965年にできたばかりの新しい国の国民意識の醸成に貢献しています。移民国家でありながら、移民や"新国民"との差異を際立たせるものに徴兵への参加をあげられることが多く、外国人との"違い"を肯定化する意識をもつくってしまっています。
逆に、"新国民"であったとしても、徴兵経験者であれば (極右以外の) シンガポール人は仲間として扱ってくれます。「あいつは新国民だろ?」「いや、そうだけど、NS(徴兵)にいったんだよ」「そうか、ならいいな」ということです。男子にとって徴兵は、シンガポール人として認められるイニシエーションとなっています

重国籍を認めないシンガポール

シンガポールは、日本同様に、重国籍を認めていません。両親の国籍や、出生地から、生まれながらに重国籍として生まれたシンガポール人は、22歳までにシンガポール国籍ととるか放棄するかの決断を迫られます。日本とシンガポールの重国籍の男性がいました。彼はシンガポール国籍を選択する宣誓を、手続きの理解不足から知りませんでした。宣誓を行わなかったことでシンガポール国籍は自動的に喪失し、もう一つの国籍である日本国籍を放棄していたために、無国籍となります。
この時、世論は男性の擁護にまわりました。理由は、彼が徴兵を済ませていたからです。「なんであいつNSいったのに、シンガポール人に認めねぇんだよ。なんとかしてやれよ、政府」という仲間意識です。最終的には、シンガポール国籍を回復しています。

「明るい北朝鮮」は不適切な表現

シンガポールの国防やそれがいかに厳しいかの話をすると、すぐに『シンガポールは「明るい北朝鮮」だから』とドヤ顔で持ち出す人がいます。「明るい北朝鮮」という表現は不適切です。不適切なのは、揶揄だからでなく、シンガポールは国家創設以来の強固な反共国家であり、秘密投票による普通選挙で政権が選ばれているからです。中華系が3/4を占める中華系国家であるがゆえに、今となっては中国との特に経済に基づく関係を持っていますが、共産化を恐れ中国と国交を持ったのは1990年になってやっとです。日中国交正常化は1972年であるのにです。シンガポールは一党支配体制が続いていますが、日本も戦後の55年体制や、その後の一時的な中断を経ても、結局は強固な与党が継続的に政権支配をしている国なのを忘れてはいけません。
『シンガポールは日本では「ブライト ノースコリア」と呼ばれていて』とわざわざシンガポール人に説明する日本人がいます。滑稽です。「明るい北朝鮮」は不適切であるがゆえに、世界中で日本でしか使われていない用語です。日本通のシンガポール人しか知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。
シンガポールは国の歴史が浅く、移民国家であるがために、経済のみでなく国防を通じて、国民意識を培ってきました。国民を食わせることと、国民の安全を保障することは、国家の存在意義であり、国家の浮沈がかかっています。経済と国防(治安)には、表現の自由への制限や厳罰主義とのトレードオフでしか得られないかは、議論されるべきと理解します。しかし、これは「明るい北朝鮮」という不適切な表現を正当化する理由にはなりません。

こういうお硬い着眼点もありますが、単純に面白い映画です。是非、見に行ってください!

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内田樹氏「日本が目標とするシンガポールは食料自給率ゼロ」は本当か

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うにうに @ シンガポールウォッチャーです。

内田樹氏が農業協同組合新聞において、

シンガポールは食料自給率ゼロの国です。 (中略)
農地なんか地価を考えたらありえない。

と語っています。

それでは、シンガポール在住者の私が、シンガポールで撮ってきた写真を御覧ください。

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Kok Fah Technology Farm
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Kok Fah Technology Farm
はい、農地です。
米や小麦のような単一品種の穀物が、壮大な面積で栽培されていると、写真でも分かりみがあるのですが、単価が高く鮮度が重要な葉物を中心にグリーンハウスで栽培されているのが、シンガポールの農場です。
内田樹氏も指摘するように、都市国家のシンガポールは不動産が高いです。しかし、都市計画で、農地用の土地も多少ではあっても残されています。

Googleで「シンガポール 食料自給率」とプライベートブラウズで検索すると、トップの検索結果が農林水産省で「食料自給率は公表されていないが1割未満である」というのが読めます。内田樹氏は、最低限の調査もせずに農業協同組合新聞に語り、農業協同組合新聞はそれを校閲せずに記事に出していることが分かります。
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シンガポールの食料自給率

それでは実際の所、シンガポールの食料自給率はどうなのでしょうか。シンガポール政府の発表では、以下のようになっています。

  • 食料は90%以上が輸入
  • 野菜の自給率は8%
  • 魚の自給率は8%
  • 卵の自給率は26%
  • 農食品畜産庁 (AVA): The Food We Eat

か細い生産量ですが、内田樹氏が言う「食料自給率ゼロ」とは異なります。また農食品畜産庁 (AVA) は「野菜10%、魚15%、卵30%が目標」と書いており、今後はゆるやかではあっても食料自給率を伸ばしていきたいと考えています。
また、日本関係だと、近年ではパナソニックがシンガポールに人工光型植物工場を作り、スーパーに出荷しています。これはシンガポール農食品畜産庁 (AVA)が取り上げる事例にもなっています。

現在、シンガポールは世界の金融センターとして知られていますが、農業・漁業と貿易、そして石油が牽引した工業への歴史的過程を経てたどり着いたものです。1970年には第一次産業従事者が9%もおり、これは現在の日本の5%より多い割合でした。

「水や生きるために必要なものはすべて金で外国から買っている」のがシンガポールか?

同じ記事で内田樹氏は以下のような発言もしています。

水さえマレーシアから買っているのです。生きるために必要なものはすべて金で外国から買うしかない。

「水をマレーシアから買っている」は正しいのですが、すべてではありません。
シンガポールを中途半端に知っていると、「マレーシアが水を止めるだけで、シンガポールは破綻する」とドヤ顔で言う人がいますが、この状況から脱却しつつあります。マレーシアとの水供給の協定は2061年に終わり、その後に向けて、シンガポールは準備をしてきました。現在、消費される水の40%を下水処理水、30%を海水淡水化でまかなっています。比率が公開されていない降雨と輸入水は、あわせて30%にとどまります。また、水の需要は現在、家庭用が45%、工業用などそれ以外が55%であり、これは現時点でも家庭用消費分は輸入に頼らずまかなえることを意味します。

実際に、2017年にマレーシアの水源汚染で取水が止まった時にも、シンガポールでは混乱なく乗り切っています。

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マクリッチ貯水湖
シンガポールは、マレーシアから独立する以前の1962年に結んだ、マレーシアとの水供給の二国間協定に、大きく依存していました。しかしながら、水を一国からの輸入に頼るのが国防上危険であることは歴史を通して何度も経験しており、水の自給率の上昇にシンガポールは独立から努力をしています。たとえば、太平洋戦争でマレー半島から退却しシンガポールでの戦闘に備えるイギリス軍が、マレー半島とシンガポールとの土手道を爆破した際に、水のパイプラインも破壊されたため、貯水湖の水は数日分しかなかったと言われています。また、マレーシアとの国家間緊張が生じると、水供給への懸念がわき起こります。

内田樹氏が、シンガポールを歪めて発言するのは、安倍政権へのとばっちりか

それではなぜ、内田樹氏がシンガポールに対して悪意ある発言をしているのか、ということです。


内田樹氏の主張私の見解
事実上の一党独裁民主選挙の結果。直近の2015年総選挙では与党得票率70%。一党支配の表現が適切であり、日本の55年体制と比べられる
治安維持法で令状なしの逮捕拘禁現行犯逮捕同様に令状不要。日本には人質司法がありますが、シンガポール治安維持法でより深刻なのは裁判無しの長期勾留。マフィアに大打撃を与えた政策ですが、政治的にも使われた
反政府メディアは存在せず外資メディアがある。また反政府系はネットを中心に活動
労働運動はなくある。国会議員には全国労働組合会議(NTUC)経験者もいるほど強力
大学生は入学に際して反政府的意見を持たないことの証明治安維持法第42条なら、入学には学校許可に加え官庁の証明書が必要で、国の治安を損ねる場合に拒否される

一部は正しいのですが、事実誤認か誇張がある内容のツイートです。
食料自給率の主張から分かるように、単に知識不足なのが理由でしょう。しかしそれだけではない可能性が高いです。『安倍政権がめざす国のかたちそのものです』と書いているように、シンガポールを安倍政権となぞってみており、安倍政権に対する感情をシンガポールにも持っていると想定考えられます。

安倍政権はシンガポールを目指しているのか

シンガポールは、内田樹氏が誤認したように、一党独裁と勘違いをされることがあります。しかしながら、(ゲリマンダーなどの不公正を野党が主張していますが) 米国国務省などが評価するように選挙は公平であり、与党が70%もの圧倒的得票率をとっています。ゲリマンダーで議席数は操作できても、得票数は操作できません。シンガポール政権は、日本の55年体制での自民党政権となぞらえられます。
uniunichan.hatenablog.com

一党独裁と勘違いされることがあるため、中国など"真の独裁国家"がシンガポールを真似ることはできないか、と検討をしているということが何度もささやかれていますが、根本的には普通選挙が壁になって都合の良い政策のつまみ食いで終わっているとされています。

では、安倍政権がシンガポールを目指すことはできるのでしょうか。
日本のカジノ政策はシンガポールを参考にしていると言われています。その一方で、シンガポールが行っている、低所得者への消費税の逆進性を補填する現金などの給付政策(GST Voucher)は、日本では参考どころか話題にものぼらずに、軽減税率に突っ走ってます。
日本も国としてシンガポールを見習いたいのではなく、自国にあったシンガポールの政策を導入したいということに過ぎません。当たり前です。
シンガポールは現時点で世界で最も経済的に成功している国の一つです。日本を含め、世界中の国がシンガポールから学ぼうとするのは当然です。しかしながら、成功体験がもたらす与党への強烈な支持と、都市国家の特殊性、汚職の少なさが、安易な模倣を許しません。

明るい北朝鮮?

シンガポールの話になると、すぐに『シンガポールは「明るい北朝鮮」だから』とドヤ顔で持ち出す人がいます。「明るい北朝鮮」という表現は不適切です。不適切なのは、揶揄だからでなく、シンガポールは国家創設以来の強固な反共国家であり、秘密投票による普通選挙で政権が選ばれているからです。
『シンガポールは「ブライト ノースコリア」と日本では呼ばれていて』とわざわざシンガポール人に説明する日本人がいます。滑稽です。「明るい北朝鮮」は世界中で日本でしか使われていない用語です。日本通のシンガポール人しか知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。
国民を食わせることと、国民の安全を保障することは、国家の存在意義であり、国家の浮沈がかかっています。経済と国防(治安)には、表現の自由への制限や厳罰主義とのトレードオフでしか得られないかは、議論されるべきと理解します。しかし、これは「明るい北朝鮮」という不適切な表現を正当化する理由にはなりません。

最後に

内田樹氏が安倍政権を批判されるのは勝手ですが、余計なヘイトを他国にまいて対外感情を悪化させることは、該当国の国民および日本人居住者に迷惑です。特にそれが事実として不正確であれば尚更です。事実に基づくご自身の論で、他国を巻き込まずに自国の政権批判をされることを望みます。
世界に完璧な国はありません。米国ですら、銃・薬物乱用・貧富の格差は深刻です。経済・治安・教育の良さを誇るシンガポールでも、欧米先進国と比べ言論の自由などへの制限があります。しかし、選挙でその与党を国民が選び続けている結果です。各分野での政策評価と、国への評価は分けるべきです。
なぜか内田樹氏は「経済成長」を否定されておられますが、シンガポールにしろ中国にしろ、欧米先進国より何らかの自由への制限があるのに政府への支持がある国は、国民が経済成長を実感しているからということを無視すべきではないです。人は安心して飯を食えないと、その次の自由や文化を考えられないのが現実です。飯を食う必要な経済水準は単に食料の確保ではなく、結婚・自宅・子どもの教育・老後と、すべてをクリアできるか、先進国中間層ですら不安を抱えています。経済成長より大事なものがあると、一財産稼ぎ終わった人が主張しても、民主主義では多数派になれることはないでしょう。ついてこない国民に愛想をつかして一部支持者に埋もれるのではなく、独裁を否定するなら民意を勝ち得るためにも経済成長との両立に目を向けていただきたいと願います。


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シンガポール居住者が見た"ティラミスヒーロー商標騒動"

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おもしろブランド

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
日本には、「面白い恋人」(「白い恋人」を販売する石屋製菓と和解)や、「フランク三浦」(フランク・ミューラーとの訴訟に勝訴)というおもしろブランドがあります。
シンガポールにも、ウンチクを語れるブランドがあります。最も有名なのは、グローバル展開で破竹の進撃を続けている、"1837"というロゴで有名な紅茶ブランドのTWGでしょう。TWGはトワイニングとは関係ありませんし、1837は創業年でもありません。
uniunichan.hatenablog.com

"ティラミスヒーロー商標騒動"

ティラミスヒーロー

TWGほどの大物ではありませんが、シンガポール発で日本に展開していた"ティラミスヒーロー"が、脚光を浴びる日がやってきました。
ティラミスヒーローは、シンガポールでは常設カフェでティラミスを販売しています。2012年にシンガポールで始まり、2013年に日本に進出、2014年に百貨店などでのスポット販売を開始しています。
シンガポールでの法人登記を取り寄せて確認しました。2012年にはパートナーシップで THE TIRAIMSU HERO 社が作られていますが、2015年に解散。2013年に非公開有限責任会社で HERO Holdings PTE. LTD. 社が作られており、これが現在の運営会社になっています。シンガポール人のみが役員をつとめ、シンガポール人のみが株式を持つ、シンガポール企業です。

ところが、ティラミスヒーローは、『オリジナルのブランドロゴがコピーされたため』に「ティラミススター」と商標を変えることを2018年末に発表しました。


HERO'S

2019年1月20日に、高田雄史氏が経営にたずさわるティラミスブランド「HERO'S」がオープン。その商品コンセプトやキャラクターが、ティラミスヒーローに酷似しているとネットで指摘を受ける騒ぎになっています。高田雄史氏はふわふわパンケーキ店「gram」の経営者でもあります。

この「HERO'S」が三浦翔平氏やインスタグラマーを使って、華やかな初出店記念イベントを行ったことで、かえってティラミスヒーローが注目を浴びました。

商標登録

ティラミスヒーローが商標登録をしていなかったため、後発の「HERO'S」が登録できたためでは、と推測されています。



フランチャイズの募集広告で「HERO'S」は、商品名に「ティラミスヒーロー」との記述を用いています。

HERO'Sがプロデュースするティラミスヒーローの客単価は最低2800円。

知られていなかったことで、逆に在シンガポール日本人の知名度を得たティラミスヒーロー

そんなティラミスヒーローが2014年に日本の百貨店で販売を開始した際には、シンガポール在住の一部日本人に注目されました。

日本では現在、オンラインショップでのみ販売されているが、注文が殺到しているため3か月待ちなのだそう。今回の出店は、人気商品が手軽に買える貴重な機会となっている。

注目されたのは、

  • 『シンガポールの有名店』
  • オンラインショップでは、注文が殺到し3か月待ち。それが期間限定ショップでは即買いできる。

というモリモリな記事が理由です。
シンガポールの有名店なのに、現地在住日本人もシンガポール人も知っている人は (少なくとも当時私の周囲には) おらず、「ネット通販だと3ヶ月待ちってなに?」ということです。7年の営業を経て、認知度は上がってきていますが、「カフェ好きだと知っている人もいる」「(日本でのプロモーションのため)地元民より日本人に知られている」程度の認知度と認識しています。


君はシンガポールのティラミスヒーロー本店に行ったことがあるか

その後も期間限定ショップが百貨店などに出るたびに、類似のウリ文句のネット記事が続きました。「在住者が知らない有名店」として逆に知名度をえて、訪問者があらわれる事態にまでなります。私もその一人でした。
私が訪れたときには、シンガポールの店には並ぶことなく入れ、キャラクターの猫のアントニオは可愛く、ティラミスの味は普通でした。

※ツイッターのタイムスタンプのように訪問は2014年

5年にわたってティラミスヒーローの日本でのマーケティングをウォッチしてきた身としては、同情する部分もあるけど、これまで御社もおもしろマーケティングをしてましたからねぇ、というのが感想です。


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世帯年収900万円,出産祝い170万円,保育所に楽々入所のシンガポールは、日本より出生率が低い

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うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
ツイートがバズりました。リツイートが数千いくと、通知が鳴り止まず、携帯が熱くなり電池がびゅんびゅん減るのは本当ですw
桜田前五輪相の「子ども最低3人産んで」というニュースから始まった話題です。
この発言から、日本は政府が少子化に無策であり、国民に責任を押し付けているとの怨嗟がSNSを駆け巡ります。いつもと同じネットの風物詩です。夏も近づいています。


そんな中で、
このツイを投稿すると、建設的な指摘、感想、クソリプが次々と寄せられました。「言われたらそうかも」や、「だから、支援が十分でない日本には子育て支援が必要なんだ」というトートロジー。「都市国家と比べるな」という無効化の反応もありました。しかしながら、日本の育児環境で強い要望(収入・補助金・保育所・育児家事アウトソース・学費・子育てへの理解)をクリアしている国で、この惨状です。
シンガポール人の言い分

日本からすると恵まれている環境への、シンガポール人の言い分です。


これ以外では、
  • 人生最大の試験が小学校卒業試験(PSLE)。12歳と人生の早い段階で来るため、親も積極的に協力する。準備のために退職する親もいるプレッシャーの中で、子どもを2人も持てない
  • 公教育は安価でも、塾通いの学費や負担が大きい

などです。

なぜ出生率は低下したのか

日本での出生率低下の原因として、ネット界隈でよく持ち出されるのはこのあたり。

  • 金が無い。日本は貧乏になった。
  • 金が無いから働かないといけないのに、保育園に空きがなく入れない。日本死ね。
  • 育児にまいっても、旦那は帰ってこない、帰ってこれない、手伝わない、手伝えない。
  • 世間は育児に冷淡。ベビーカーで外出すると、舌打ちされる、けられる。

日本でよく持ち出される課題を、かなり解決しているのがシンガポールです。

日本シンガポール
世帯所得中央値年427万円年約900万円
保育所激戦、保活(新興住宅地以外は)すんなり入れる
育児の担い手母親、(お手伝いで)父親母親、まぁまぁ父親、メイド、祖父母
世間の風当たり冷淡子ども好き、妊婦はかなりの確率で電車で席を譲られる

シンガポールに駐在となった家庭で、子育てをしている日本人の母親は、子連れへの理解でシンガポールが圧倒的と口をそろえます。最近、ツイッターでバズった動画です。オジサンが電車(MRT)で子どもにトムアンドジェリーの動画を見せていて、それがとってもキュートです。


ポイントは、通りすがりで、異民族間であっても、子どもには寛容ということです。バズるぐらいなので、普通はそこまで人の子どもをあやすことはないのですが、妊婦に席を譲る、ベビーカーを運ぶのを手伝うのはよく見かけます。日本での過酷な仕打ちをうけた母親には、天国です。

日本で所得が最も低い沖縄が、出生率が最も高い

日本で最も出生率が高い県は、沖縄です (2016年)。最も低いのは東京です。合計特殊出生率は、沖縄が1.95もありますが、東京は1.24しかなく、全国では1.44です。

その沖縄は、一人あたり県民所得は216.6万円で全国最低。一方、東京は537.8万円と全国最高。全国平均は319万円です。(2016年)

ネット世論の「カネがないから子どもを持てない」と真逆の結果です。

所得合計特殊出生率
日本319万円1.44
東京537.8万円1.24
沖縄216.6万円1.95

「子育ては趣味」

上記のネットでの要望以外にもある、出生率低下の原因です。

  • 「子育ては趣味」への価値観の変化
  • 晩婚化: 女性の社会進出。女性が生殖に最も適した年齢で学校や職場を離れられない。
  • 未婚化: お見合い結婚の崩壊

私がツイった「子育ては趣味」に反響があったのは、意外でした。まだ共通認識でないことが、わかったからです。


当事者である親は、経済状況や子育て環境を、少子化の理由にしますが、本当にこれが理由でしょうか。アンケートをとると、自分が求めていることが何か分かっていなかったり、言語化できなかったり、利益誘導からポジショントークをすることはよくあります。
現代社会は、子どもは家計の担い手ではなくなりました。過去においては、子育てをする主戦力は子どもであり、家の手伝いなどから始まる"児童労働"は一般的でした。現在の倫理観では受け入れられませんが、当時の子どもはそうやって、家庭内に居場所を築いていました。また、成人した後も、跡取り以外は、仕送りがあてにされ、他家から結納の形で"補償"が行われました。親が子どもを産むことは、経済的な利益でもあった時代です。

現代では、子どもはコストです。成人するまでに、長期の教育を受けて、大学卒なら22年。児童労働はありえません。また、「子どもとはいえ他人」であり、「老後の支援を期待すべきでない」、「まずは自分の年金・資産を貯めるべきだ」、との価値観がゆるやかに広まっています。
子育ての趣味化です。

趣味であるなら、子どもを持つか持たないかも本人が選択可能となります。かつては、ペットは番犬など家に機能を提供するか、子供が幼少時に引き受けて子供と一緒に大きくなる、子育てを補完する役割でした。今では、子育ての強力なコンペティターであり代替に、ペットがなっています。「子どももできなかったし、ペットを飼うか」から、「ペットがいるから、子どもはいいや」への転換です。
「趣味や楽しいことがあって忙しいから、子どもはいらない」というのは今ではすんなり理解されますが、一昔前では理解されなかった価値観です。

シンガポールの人口政策は苦戦続き

経済政策などではシンガポールはよく引き合いにだされますが、人口政策ではシンガポールは苦戦続きです。リーダーシップが強力なシンガポールでこれだけ苦労しているということは、経済より人口のほうが、はるかに政府の制御が困難なのでしょう。

出生抑制政策

1965年にマレーシアから独立した直後は、シンガポールにもあった第二次世界大戦後のベビーブームをうけ、経済回復以上に人口が増え、国民を食わせるには十分な仕事がない高失業率の時代です。出生抑制が政策でした。中国の一人っ子政策など、発展途上国で出生抑制政策はよくあります。1966年に"家族計画"教育を提供する家族計画人口局 (FPPB: Family Planning and Population Board) が作られます。1970年には「子どもは二人まで」(Stop at Two) のキャンペーンが開始。ポスターの子どもが二人とも女子なのは、跡継ぎとして男子を望む風習があり、性別の偏りを防ぐためです。
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この出生抑制キャンペーン、成功しました。成功しすぎました。人口政策なのにわずか7年後の1977年には、人工維持が不可能な水準を下回ります。当時のリー・クアンユー首相は、高学歴女性の結婚と子どもが少ないことから、高学歴女性への各種優遇を実施 (大卒女性スキーム)。子どもの学校への入学優先や、所得税減税です。その一方、そうでない夫婦が、低収入だと、第二子を持った後に避妊手術を受けると1万ドルを出すなどします。これは世論の猛反発を受けました。優生学に近い思想であり、現在のシンガポールでは実施どころか議論すら不可能でしょう。

出生奨励政策

1986年になり、やっと政府は「子どもは二人まで」(Stop at Two)を止め、出産を勧めるようになります。
出生率は上がらないままであり、2001年にベビーボーナスが導入されます。2004年の育児パッケージでは、働く母親への所得税減税の要件から学歴を抜き子どもの数にし、また出産休暇を長め、育児休暇を新設するなど、強化しています。

回復しない出生率

これ以外にも、大なり小なり様々なテコ入れをした結果、どうなったのかというと、、、回復の兆しは長期的にはありません。
例年より回復している年がありますが、これは中華系に縁起がよい辰年です。政府政策より、しきたりの方が影響が強いのです。シンガポール政府としては「やらなければ、今より更に悪化していた」というものです。
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少子化を移民で解決するシンガポール

日本より低い出生率となっているシンガポールですが、解決策があります。移民です。シンガポールは現在でも、人口の1/3が移民です。人口の1割を永住者が占め、彼らが帰化への母体となります。
シンガポールはもともと移民国家です。ラッフルズがシンガポール島に上陸した時には、現地民はわずかに数百人でした。そこから交通の要所として発達しますが、労働力は当然移民です。シンガポール人は、移民には他国より寛容ですが、さすがに移民を入れすぎて、2011年総選挙では与党PAPが大きく議席を減らします。これを受けて、与党PAPは大きく方向転換。マイルドな移民の受け入れとなり、2015年の総選挙では地滑り的大勝利を収めました。
「現在の合計特殊出生率1.2のままでは、2060年には国民人口は2/3に減少する。これを食い止め国民人口を安定させるには、毎年2万人の移民による新国民が必要」というのが、政府の説明です。シンガポール政府は、激しい批判を受け、労働ビザ発給を厳格化し、永住権保持者の受入数は最盛期の年に8万人から3万人に絞りましたが、新国民の数はこの長期的視野に基づき毎年2万人の受け入れを着々と実行させています。
uniunichan.hatenablog.com
国民はこれ以上の移民が嫌でも、「お前たちが産まないから、移民を入れるんだ」という政府のロジックと戦わなければなりません。シンガポールでは「経済発展は要らないから、移民も要らない」という考えが力を得るところまで、踏ん切りがついていません。

フランス: 婚外子はソリューションになるか

すべての先進国は少子化と戦っています。その中で比較的良好なのが北欧やフランスです。多くの先進国は少子化に対して移民や"社会保障の充実"が武器なのですが、フランスでは婚外子の制度 (PACS) が貢献しています。婚外子といっても、日本人が考えるような私生児や非嫡出子とは異なります。事実婚や同性愛のカップルが、税金や社会保障の恩恵を受けるために、PACSを選択するのです。貞操の義務がなく、片方の意志だけで解消できるのに、子どもの親権も得られ、相続税や贈与税の軽減にも道がひらけます。現在では、PACSでの子どもの割合は過半数を超えています。
しかしながら、田和真希氏(武庫川女子大学)は、PACSは日本では少子化対策としては難しいと結論付けています。理由は、男女の役割意識、三歳児神話、婚外子への悪印象、家制度のためです。

シンガポールが婚外子制度を取り入れないのは?

それではなぜ、フットワークが軽いシンガポールがこの婚外子制度を取り入れないかです。
シンガポールは、経済的な身の軽さとは一転した、保守的な価値観が潜んでいる国です。世界に、特定の性行為を違法とするソドミー法がある国は多いのですが、シンガポールは男性間性行為は刑法上の罪に問われます。ところが、LGBTに対して刑法があるシンガポールの方が、日本よりはるかに寛容で、当事者もオープンです。政府もこれが時代にそぐわないことは分かっていて、取り締まりは行っていませんが、撤廃には至っていません。
LGBT団体が、シンガポールでは珍しい集会(デモ)を実施し、"Ready"とピンクのライトで形作り、刑法改正の準備は国民にできていると示威行動を行いました。


ところが、その後に「同性愛は良くないは67.9%」という調査結果がでて、国民が支持しているわけではないことが判明します。
建国前後に民族対立で死者を出していることから、シンガポールは民族・宗教が関係する価値観には保守的です。同性愛は、シンガポールの主要宗教であるイスラム教やキリスト教(カトリック)に影響があります。
子育て支援に手厚いシンガポールですが、出産・育児手当や休暇は未婚の親は同等でないものもあります。これにより結婚を促しているのですが、様々な事情で結婚を選択しない、できない親には負担になります。
私は、シンガポールはPACSという選択肢を「見て見ぬふりをしている」と捉えています。

子育て支援と少子化対策は別物だった?

「子どもを産む環境が整備され、肉体的・精神的・経済的な負担が減ると、子どもは増えるはず」、というのが従来の考えです。これまでは、保育所の充実や子育てへの支援を語られる時に「それが少子化対策であり、国益だから」という前提で話をされることが一般的でした。「子育ては親のエゴなだけでなく、お国のためなんだから、カネを出すのは国の義務だ」という話です。
しかしながら、支援が充実しているシンガポールの方が少子化が進んでおり、発展途上国の方が多産である、また沖縄の例を考えると、経済支援や保育所の充実では少子化対策にならないのではないか、という仮説が生まれます。

「子育て支援と少子化対策は別物」というのはあくまで仮説です。子どもを0人を1人、1人を2人以上にするのは別のアプローチが必要なのは、容易に思いつきます。「お金があれば、子育てが楽なら、子どもはもう一人欲しかったのに」という家庭には従来の支援がミートする可能性はあるでしょう。ですが、1人を2人以上にするアプローチでも、従来型の政策は、費用対効果が悪い可能性があります。「それで本当に産んだ家庭はどれだけあるんだ?」ということです。また、「子どもはいらない」「結婚もしていないのに」という人に、保育所の定員増が心を動かさないのは自明です。

国と国民の利害が一致しない
それでも子育て支援を堂々と主張しよう

子育て支援が、国益である少子化対策に直結しない、という可能性が出てきました。

ロジックとして成り立つのは2つです。

  • 少子化対策には子育て支援以外にインパクトが大きい要素がある
  • 従来の子育て支援をしていなければ更に悪化していた。逆に言うと、子育て支援に更に突っ込むと、改善に向かい出すはずだ。

「国民にお金が足りてない、行政支援が不足している日本で、そんな話をしてもどうしようもないと思います」
という、トートロジーでしかない反論を何度か受けました。これが成り立つのは、後者の「投資不足」です。成果を出せていないシンガポールクラスへの整備だけでも、今の日本では夢物語に見えるので、シンガポールを超える整備をする豪華な賭けをする体力が日本にあるかは、非現実的です。

しかしながら、たとえ子育て支援が少子化対策になろうがなるまいが、利害関係者は今後も堂々と「子育て支援の充実」を訴えるべきです。少子化対策では費用対効果の疑問が残りますが、子育て支援が国としての未来への投資であることには変わりはありません。
日本の経済的凋落で、共稼ぎ家庭は増加します。核家族化の進行も避けられません。専業主婦や大家族の時代に戻すことはできないのだから、関係者だけでは対応ができない子育て支援を行政はすべきです。これは国民が国に期待する役割で、税金はそのために使われると信じています。ライフステージでの本人のキャパシティを超えるイベントに対して、支援を続ける国で日本はあって欲しいと願います。

補足
子沢山文化のイスラム教

イスラム教徒は出生率が高いことが知られています。シンガポールは国が認めた主要民族が3つあり、中華系、マレー系、インド系です。イスラム教徒が占めるマレー系は、最も合計特殊出生率が高いです。
ですが、マレー系も含め、全民族で出世率は低下傾向です。そのマレー系でも、人口維持率の2.1を切っています。主要民族の中で一番踏ん張っているのはマレー系ということです。
なお、マレー系は主要民族中で最も所得が少ない民族であることも指摘しておきます。また、最も所得が多いのは中華系ではありません、インド系です。
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出所

この世帯収入は国民と永住者が対象。2018年の世帯所得は月9,293Sドル(約74万3千円)。これに12ヶ月をかけると、892万円です。
外国人も含めた数値だと一人あたりGDPがあります。日本 $36,230、東京都 $57,572、シンガポール $56,284です。
uniunichan.hatenablog.com

誕生から18ヶ月になるまで第一子にはS$16,000(約128万円)の現金、政府が用意した子どもの口座にはS$6,000(48万円)がもらえます。合計で176万円です。
第三子では更に増え、第五子より多いと現金がS$20,000(約160万円)、口座にS$18,000(約144万円)と、合計で約300万円がもらえます。

金持ち校での寄付金などはこれとは別です

  • シンガポールでの外国人住み込みメイドについてはこちら

uniunichan.hatenablog.com

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韓国紙『河野外相、シンガポールの英字紙にも韓国批判の寄稿文』の寄稿を全訳してみた

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シンガポールウォッチャーのうにうにです。
日本のメディアは、来る日も来る日も韓国ニュースがひっきりなしで、「日本も国力が相対的に減退し、これまでのようになあなあではなく、韓国と向き合わざるをえないのだな」とシンガポールにいながらにして思います。

日本に迫る韓国経済力

経済力で比べましょう。
国民総生産GDP(名目)では、1970年には、日本は韓国の25倍でした(日本2107億米ドル、韓国82億米ドル)。
それが2016年では、3.8倍にまで詰め寄られています (日本4兆9111億米ドル、韓国1兆2847億米ドル)。

一人あたりGDP(名目)では、1970年には10倍(日本米ドル2037、韓国209米ドル)。
2016年には、1.4倍にすぎません(日本38,972米ドル、27,608米ドル)。

河野外相のシンガポール紙への寄稿

その韓国との関係で、河野太郎外務大臣が、シンガポール最有力の英字紙ストレイトタイムズに「最近の日韓紛争の背景」を寄稿しました。テーマは、徴用工補償問題が中心で、GSOMIA (日韓秘密軍事情報保護協定) にもふれています。
シンガポールの読者を対象にしていることから、日韓請求権協定に振り返り、日本政府の考え方を説明しています。日本人にとっても、おさらいに役に立つでしょう。
要点です。

  1. 日韓請求権規定により、徴用工への日本の補償は「完全かつ最終的に解決した」。
  2. 日韓請求権規定により、韓国政府に3億米ドルの補償と、2億米ドルの借款を日本は提供した。
  3. 日韓請求権規定の協議中、日本は個人への直接の補償を韓国政府に提案したが、韓国政府は「韓国政府の責任で補償する」として断っている。
  4. 日本企業への賠償を命じる韓国の裁判所判決は、日韓請求権規定に違反している。
  5. 日韓請求権規定で日本からの賠償を受けたことで、賠償を配分する責任は(日本から)韓国政府に移っており、それは2005年に韓国政府が再確認している。
  6. 韓国への輸出管理の運用の見直しは、異なる問題であり、関連付けてGSOMIA終結を判断した韓国政府は誤解をしている。

外務省が頑張っているのですが、河野外相のこの寄稿文は日本の主要メディアは取り上げていません。
本件でシンガポールは直接関係はない第三国なのですが、ストレート・タイムズ紙への外務省寄稿は、重要事項に限って時々行われます。2013年には在シンガポール日本大使館が「尖閣諸島をめぐる領土紛争は存在しない」という寄稿がありました。

河野太郎外相とシンガポール

実は、河野外相は、シンガポールに土地勘があります。
衆議院議員になる前の社会人時代に、富士ゼロックスで勤務していました。その際に、シンガポールの富士ゼロックスアジアパシフィックに赴任しています。
外相時代でも、公務でたびたびシンガポールに訪れています。



韓国紙 中央日報の報道

韓国メディアの中央日報が河野外相の寄稿を報じています。

抜粋します。
前半は寄稿の要約をしています。後半では、寄稿への論評、つまり中央日報の意見が入っています。抜粋し、意見の箇所を私が太字にします。

日本政府が韓国だけを狙って輸出規制措置を発動したことは徴用賠償判決と関係がないという強引な主張

韓日対立は韓国が1965年の韓日請求権協定の時の約束を守らずに起きたという「ごり押し主張」

特に「過去の民間労働者」という表現を使って徴用被害者に強制性がないというイメージを与え韓日対立の原因が韓国政府にあるという印象を植え付けるのに注力した。

いい時代になりました。国家間対立で論点への視点の違いを、対立国のメディアが母国語に翻訳して読めるのですから。自国メディアのバイアスを通していないというのが大事です。日本の左派メディアが「情勢はXなのだから、日本は謝罪すべきだ」、右派メディアが「情勢はYなのだから、日本は抗議すべきだ」と書いても、いつもの自社読者向け論評であって、一次ソースにさかのぼる根性がない下々にはまず参考にもなりません。参考になるのは、左派メディアが「日本は抗議すべきだ」、右派メディアが「日本は謝罪すべきだ」と言う場合です。

韓国紙は、自紙の邦訳で、結構な閲覧数があると推測されます。自国と自紙の考え方を伝えることで、経済的にも潤うのですから、(一部の日本人読者に反発されようが)本望でしょう。日本のマスコミは(誰が読者なのか謎の)英字紙を作るプライドはあるのですが、こういう「対立国の言葉で自国と自紙の考え方を伝える」アプローチの方が、実は影響力も持て、稼げるのではないかと思えます。一番コストがかかる元の記事は、自社ですでにあるのですし。どうですか、日本のマスコミさん?

それでは、全訳です。
www.straitstimes.com

最近の日韓紛争の背景

河野太郎からストレイト・タイムズ紙へ


日本と大韓民国 (ROK: 韓国) との間の協調は極めて重大である。両国が隣国からなだけではなく、地域の平和と安定への必要条件だからである。これは北朝鮮問題への取り組みも含む。しかしながら、協調関係は当然のものではない。日本と韓国が長年に渡って努力してきた、絶え間ない注意と配慮を必要とする。


長い期間を経て、両国は親しく友好的で協力的な関係を築いてきた。これは、1965年に国交正常化した時に、両国が結んだ日韓基本条約に基づいている。しかしながら、第二次世界大戦での朝鮮半島からの元・民間人労働者 (former civilian workers) の問題に関して、両国は障害に直面している。


多くの読者はこの話題に熟知していないかもしれないので、簡単な背景を説明したい。


1965年、厳しい交渉の14年間の後に、日韓請求権並びに経済協力協定を両国が締結した。


1965年の同意の条項において、3億米ドルの助成金を提供し、2億米ドルの貸与を日本は同意した(韓国の当時の国家予算の1.6倍にのぼる総額だった)。二国間とその国民との間での要求に関するすべての問題は、「完全かつ最終的に決着した」と確認されていた。


交渉において、日本に対する韓国の請求への概要を韓国は示していた。8項目が記載され、「徴用された韓国人への戦争でおきた損害への賠償」と「徴用された韓国人への未払い給与」が含まれていた。1965年合意での「完全かつ最終的に解決した」との請求には、これら8項目の領域内のあらゆる請求を含むことが、1965年合意での両国が同意した議事録で明確に述べられている。


しかも、1965年合意を交渉していた時に、韓国は全ての"徴用された"労働者への補償を求めており、物理的かつ心理的な苦痛への損害を補償は含むべきだと提示していた。それに応じて、日本側は個人への支払いを提案した。しかし、国家としての損害賠償を要求し、韓国内での支払いへの責任を韓国政府がとると韓国代表は主張した。


40年後の2005年8月、1965年合意で日本から得た3億米ドルの助成金は"強制動員"の犠牲者への"苦痛への歴史的な事実"への補償を含んでいたことを、韓国政府は再確認している。


その際、"強制動員"の犠牲者への救済手段を提供するために受け取った賠償の適切な額を配分する道義的責任を負っていると、韓国政府は明らかにしていた。


二国間政府でのそのようなやりとりにもかかわらず、韓国国民の中には、朝鮮半島が日本統治下にあった第二次世界大戦で日本企業による"強制動員"に従ったと主張し、2つの企業、日本製鐵と三菱重工業への損害賠償への支払いを求める訴訟を起こした。


昨年、韓国最高裁判所は、2つの日本企業への一連の判決を言い渡し、前民間労働者 (former civilian workers) に"損害賠償"の支払いを命じた。事実から明確なことだが、これらの判決は、1965年合意を明確に反している。


1965年合意は二国間の外交関係を正常化させた法律的な土台になっているが、50年以上もたった今になって、二国間での誓約を韓国は一方的に破棄した。


判決は極めて遺憾で全く受け入れられないとの立場を、日本政府は伝えている。日本政府は、韓国に適切な処置をとるように強く促しているが。これには、国際法違反を是正する即座の対応も含まれている。


しかしながら、韓国政府はどんな具体的な処置をとっていない。


日本政府は公式に外交会議を求めており、1965年合意の中に備えられていた、独立した客観的な裁定のために争議仲裁を呼びかけている。しかし、韓国は仲裁への参加を拒否しており、国際法違反を重ねている。


未来に向けた二国間関係を確固たるものにするステップを我々が共に再びとるために、韓国政府が1965年合意を遵守し、国家間に加えて国際法の立場からもこの問題に取り組むこと、そして国際社会の責任ある一員として具体的な行動をとることを、私は強く希望している。


最後に、ソウルが終結を決めた、日韓秘密軍事情報保護協定 (GSOMIA) にふれておきたい。これは、二国間の安全保障を高め、地域の平和と安定を確保するのに、2016年以降、貢献してきた。


北東アジアにおける安保情勢への韓国政府の完全な誤解を反映したのがこの決断だと、私は言わなければならない。韓国向け輸出管理の運用を日本が見直したことを、韓国政府は自国の決断に結びつけた。しかし、これらの2つの問題は性質が異なっており、共に関連づけるべきではない。

  • 河野太郎は日本の外務大臣

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シンガポールでの母子無理心中から考える 海外在住の健康と危険

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うにうに @ シンガポールウォッチャーです。本記事の写真は全て私による撮影です。

日本人母子 無理心中

11月14日木曜日、シンガポールの日本人コミュニティに、SNSとLINEで噂が一斉に飛び交いました。
「ブキティマ自然保護区で死体が発見され、その母子は日本人らしい」
とのものです。正確には、ブキティマ自然保護区ではなく、ブキバト自然公園でした。
報道が始まったのは、華字紙の新明日報(他紙転載の全文)。そこから、フリーペーパーのToday、ネットメディアのヤフーシンガポールAsiaOne、英字紙であり最大手Straits Times、テレビ局Channel News Asia (CNA) も後追いで報道が続きます。
事件か事故かを巡って、いろんな憶測が飛び交いましたが、最終的には遺書が発見され、無理心中と思われています。

報道による事実関係

報道としては後発ですが、ネットメディアのmothershipが最も詳しいので、そこから抜粋しします。このmothership報道も、新明日報からの引用とのことです。 (私は中国語が読めないので新明日報から引用できません)

  • 2019年11月14日の朝、2つの遺体が発見された。
  • 41歳の女性と、5歳の男子で、母子。日本国籍。
  • 発見時、男子は黒のホンダ ベゼルの中で、女性はその近くに横たわっていた。
  • 新明日報によると、女性が息子を殺害した後に、自殺したと考えられている。遺書が車で発見された。
  • 運転席の窓が壊され、車の中にいた人を誰かが助けようとしたと考えられている。
  • あたりには6台の監視カメラが備え付けられている。殺害と自殺の動機は不明。
  • 外国人家政婦(メイド)によると、このあたりで日本人居住者を見たことがないとのこと。住民の大半は白人。
  • 木曜晩に、僧侶が現場を訪れ、ろうそくに火をともし、供花した。
  • 発見者は、隣接するテレビ塔の警備員の2人だった。違法駐車の車に近づき、懐中電灯で車の中と草むらを照らしたときに、遺体を発見した。
  • 午前6時42分に警察に通報され、警察は不自然死として扱った。車の周囲で6時間にわたり捜索を行った。警察調査は今も続いている。
  • 事件を調べており、シンガポール当局を支援していると、日本大使館は述べている。

※筆者注:
ベゼルはライドシェアのグラブでよく使われる車です。逆に、ベゼルはライドシェア以外では敬遠されるようになっています。シンガポールでライドシェアをするには、自営・フリーランスであるため、外国人は一般的な労働ビザではできず、永住権PRが必要になります。
・現場は立ち入り制限地域と各種記事に記載がありますが、制限地域は現場ではなくテレビ塔敷地内と私は理解しています。現場は、テレビ塔横の、15軒ある一戸建て住宅に通じる人気がない道路でした。

海外生活の光と影

シンガポールの日本人コミュニティでは、2018年9月にバンコクで二児の子どもを持つ駐妻が、自殺したことも広く知られています。

他人事とは思えないからです。
日本では、駐在員はプールやジムが併設された高級コンドミニアムに住み、駐妻は家事をメイドにまかせ、駐妻仲間とホテルや高級レストランでランチを楽しんでいると思われています。確かにそうしている人もいますが、そうではない人もいます。一見華やかな人でも、不安を抱えていることも珍しくありません。

  • 日本であった以上に濃密な日本人村の人間関係。LINEの駐妻グループが怖い。友達がいない。
  • 英語 (現地語) ができないので、日本人村界隈以外に出かけられない。外出が苦痛。
  • 旦那が近隣諸国に頻繁に出張し、帰りも遅い。何をしているのかも分からないし、話をする時間もない。
  • 子育てで頼れる人がいない。メイドは外国人で雑だし、他人を家に住ませたくないから雇えないし、もし雇えば管理が大変。
  • 子どもが学校になじめない。

不安を抱えながらも、キラキラインスタを上げ続ける強い人もいれば、押しつぶされる人もいます。
また、海外在住者は職場の支援がある、駐在員ばかりではありません。現地企業と直接雇用契約で働いている現地採用者もいます。シンガポールであれば、一部の金融職や専門職で、駐在員並がそれ以上に稼ぐ現地採用者もいますが、そんなスター現採は一握りです。将来への不安を直視しないようにしながら毎日を生き抜く人、現地結婚組であれば配偶者の親族とのストレスのもとで生活している人は少なくありません。
シンガポールには、日本人会クリニックに心療内科があり、メンタルヘルスの診療経験もある日本人医師がおり、海外の中では恵まれている環境にあります。

日本人は海外でどれぐらい事故にあっているか

安全になる世界

外務省: 海外邦人援護統計

「日本じゃないんだから、気をつけてね」
海外旅行者や、移住者によく言われれる言葉です。では、海外とはどれぐらい危険なのでしょうか。
統計があります。外務省の"海外邦人援護統計"です。最新版は2018年作成、2017年のデータに基づきます。

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海外邦人援護統計
※海外邦人援護統計には在外公館活動である"所在調査"が含まれていますが、リスクではないので、表から除外しています。

これは、在外公館 (大使館などですね) で把握している数です。つまり、旅先で窃盗にあったとしても、現地の警察にすら届けないのが大半ですし、更にメリットがない日本大使館に届ける理由はありません。盗難物がパスポートか、盗難保険加入者でもなければ、戻ってくる期待もできない中で、言葉が不自由な現地警察に届ける動機も時間もないので。
その一方で、重大事故・犯罪の被害者にあった時や、自分が加害者として逮捕された時には、大使館に連絡が入ると想定されます。軽い事故や犯罪での報告数は氷山の一角であり、重大事故・犯罪や加害者についてはカバーされている割合が高いというのが、私の推測です。
着目すべきは、実数より、増加や減少の傾向はどうかということです。先進国はスリなど軽犯罪が頻発し、テロや内戦が多発する世界というのがマスコミ報道から想像される印象ですが、事故件数は過去10年で2割減と減少傾向が実態です。日本人が訪問する国は、日本人にとり年々安全になっていると言ってよいでしょう。

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海外邦人援護統計-死亡者数
2017年には、自殺と自殺未遂は54人におきました。そのうち、35人が死亡しています。犯罪被害で亡くなった13人よりずっと多いです。
2017年の死亡者総数は、477人。過半数の266人が傷病です。事故・災害は83人と17%。自殺の35人は7%です。
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海外邦人援護統計-負傷者数

なお、邦人援護件数で多いツートップが、タイとフィリピンです。国別在留邦人数(2017年)で、4位のタイと、17位のフィリピンが、援護件数で1位と2位になっているというのが、その国で日本人にかかる環境をうかがい知れます。

シンガポール人の印象

遺書が見つかったと報道される前の段階での、シンガポール人の反応です。

  • 「シンガポールはもはや安全とはいえない。ジョギング中にレイプされる事件が以前にもあった。自殺なわけないだろ」
  • 「(富士の樹海からの連想で) 日本人は人気のない山の麓を選ぶ」「あの場所は第二次大戦の昭南忠霊塔の隣だね」

というものです。

昭南忠霊塔

昭南忠霊塔とは、第二次大戦中のシンガポール攻略戦闘での日本人戦死者を弔う記念碑です。12メートルの高さの木製でした。その裏には、3メートルの高さの英国記念碑の十字架がありました。日本の敗戦で、日本軍が破壊し、跡地として残されています。
詳細を知りたい人は、シンガポール国立公文書館を訳していますので、こちらを参照ください。
uniunichan.hatenablog.com

死に近い場所で、しかもそれは日本の第二次大戦のいわくつきです。
大通りから、昭南忠霊塔までは、参道を思わせる真っ直ぐな道路がひかれています。そのすぐ右手にあるテレビ塔も見えます。

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Lor Sesuai
その小高い丘の上にあったのが、昭南忠霊塔です。テレビ塔が隣りにあるのは、電波の発信には高さがあるのが有利だからでしょう。
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昭南忠霊塔 跡地
跡地には記念碑が置かれています。
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Bukit Batok Memorials1
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Bukit Batok Memorials2
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日本人が持つシンガポールのイメージは、マリーナベイサンズに代表される大都会の金融国ですが、ジャングルがいまだに残されている地域がブキバトです。
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社会保障を受けられる日本に帰ろう

motherhshipの記事は「精神的苦痛の中にいる人を知っていれば、助けを得られるホットラインがあります」として、メンタルヘルスの診療や、NGOへの電話問い合わせ先が記載されています。
シンガポールでも自殺はありますが、日本ほどではありません。人口10万人あたりの自殺率は、日本が20.5人のところ、シンガポールが11.1人と約半数にとどまります。(2016年 WHO)
最近まで、シンガポールで自殺は刑法での犯罪でしたが、改正され犯罪ではなくなりました。日本では、自殺幇助が犯罪ですが、更にそれを厳しくしたものだったと言えます。

自殺の引き金となるのは、精神疾患のみではありません。「自分の生命保険で、借金を返して、残りで家族が生活を立て直して」という"合理的な判断"でもおきます。そうならなくていいように、破産があり、生活保護といった制度があります。また、行政に加えて、家族、親族、友人、地域というセーフティネットがあります。ただしこれは、母国であればの話です日本国籍を持って生まれてきたのは、生涯に渡って宝くじを握りしめているのと同じ、またとない幸運なのです
シンガポールでも、外国人も破産できます。永住者PRであれば生活保護 (ComCare)を受けることも可能ですが、内容によって世帯にシンガポール国民がいることなど基準が厳しく、金額も国民と異なります。永住者でない就労ビザでの外国人、観光目的の外国人からは、社会保障費を取らずに、社会保障を提供しないのが、シンガポールです。

健康・精神・経済的に困窮し、現地での打つ手がなくなれば日本に帰るのが選択肢の一つになります。海外で経済的に困窮して自分で打つ手がなくなったのであれば、日本大使館に駆け込んでください。「海外邦人援護短期貸出金経費」による送金が届くまでの一時的な貸し付けや、「困窮邦人帰国対策費(国援法・送還費)」による帰国費用の貸し付けの制度があります。

「この子を残すと不憫」という考えに至らないように、自国民に選択肢を提供できるのが、先進国だと私は信じます。


真っ暗な中、今まで育ててきた5歳の子どもを乗せて車を走らせ、人気のない場所を選んだお母さんの心中を思うと言葉を失います。ご冥福をお祈りします。


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